第十六話 お巡りさんの自供
お昼ご飯を食べた後、都内のデパートで開かれている活け花展に向かった。そこでもずっと手を離してくれなかったらどうしようって心配してたんだけど、そこは真田さんも弁えていたらしくてお花を見ている間は私の後ろに立っているだけだった。
「ところで芽衣さん」
「はい?」
「芽衣さんは活け花とか習わないの? それだけ熱心にメモしているってことはそれなりに興味はあるんだよね?」
後ろから私が持っている手帳を覗き込みながらお花について色々と質問していた真田さんが尋ねてくる。私の方はさっきから展示されていた活け花で気になったものの前で立ち止まっては花の種類や色、それからどんな風に飾られているかってのを自分の感想と共に手帳に書き込んでいた。そんなことをしているからなかなか全部を見て回れなくて、真田さんにはちょっと申し訳ないかなと思い始めていたところ。
「メモ書きしているのはお客さんが花束を作ったりする時に提案するのに参考になりそうだからなの。活け花自体は習いたいほど興味があるわけじゃないんだ。お花屋さんとしてはそれじゃあ駄目なのかもしれないけどね」
「へえ、そういうものなのか。店の奥で作業しているのが好きだからこういうのも好きなのかなって思ってたよ」
「私がやったら物凄く奇抜なものになっちゃいそう……」
何せ美大生だしと付け加えたら真田さんがなるほどって言いながら笑う。
「なんでそこで納得するかな……」
「だって芽衣さん、本当にユニークな感じで活けそうじゃないか。ほら、あの花瓶みたいにさ」
「あれは不可抗力! 好きで逞しい花瓶にしたわけじゃないからね!」
そうなのかと言いつつも絶対に信じてない口調と顔つき。その奇抜な花瓶を長々と大事に使っているのは一体どこの誰なのよとブツブツ言いながら、呑気に笑っている真田さんのことは無視して気になった活け花の前でメモ書きを続ける。そしてラストの分を書き終えると手帳をパタンと閉じてバッグの中に仕舞い込んだ。
「終わった?」
「ごめんなさい、真田さん、退屈だったでしょ?」
「そんなことないよ。書きながらも俺の質問に答えてくれていたから退屈しなかった。どっちかと言うと前より花の名前に詳しくなったかもね。芽衣さんの方は少しは気晴らしになった?」
「うん。プラネタリウムで流星群を堪能したし見たかった活け花の展示も見れたし、凄くリフレッシュできた。今日は連れて来てくれてありがとう」
私がそう言うと真田さんは良かったと言ってニッコリと笑みを浮かべた。
「今回は急だったから近場で済ませたけど、次の時はもうちょっと遠出しようか」
「次の時?」
「そう。イヤ?」
「ううん、イヤじゃないよ。あ、でもほら、この前来たお兄さん達と遊びに行くとかしなくて良いの? せっかく訪ねて来てくれたんでしょ?」
ああ、あいつ等ねと呟きながら真田さんはちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「芽衣さんはそれでいいのか? 住んでいる町のことを馬鹿にしたようなこと言っているような連中と俺が仲良くするの」
「そりゃ、こんなとこ呼ばわりされて腹が立つし個人的には塩撒いて蹴り出しちゃいたい気分だけど、真田さんのお友達だからまた派出所に押し掛けてきても我慢する」
私達よりも付き合いが長い人達でしょ? しかも同じ職場の人なんだからやっぱり大事にしなくちゃね。そういうお友達と疎遠になっちゃったら本当に元の職場に戻りたくなった時に困ると思うんだ。そりゃあ真田さんにはずっと駅前の派出所にしてほしいけど、あの派出所は駐在所じゃないから遅かれ早かれ真田さんだって異動することになるんだろうし。……あ、そんなこと考えたら急に気持ちがブルーになってきた。
「どうした?」
私が沈み込んだ気分になったのに気が付いたのか、エスカレーターで二段下に立っていた真田さんがこっちを覗き込んできた。
「……真田さん、やっぱり異動しちゃうんだよね」
「どうして急にそんなことを?」
「だってさ、取り敢えずは私のことを突き飛ばした人も見つかったわけだし、犯人が見つかるまでは異動しないって言ってたけど事件が解決しちゃったから」
「異動するにしたって所轄管内だからそんなに遠くに行くわけじゃないけどね」
「でも駅前からはいなくなっちゃうんでしょ?」
真田さんが来る前に派出所にいた田辺さんや今いる酒井さんが結構長い期間いるからずっと同じ場所にいるって思ってたけど、他の人に聞いてみるとその方が例外的な感じで本当なら二年ぐらいすると違う派出所に行っちゃうみたいなんだよね。
「来たばかりだから少なくともあと一年はここにいると思うよ」
「ふーん」
ちょっと憂鬱の虫が入ったっぽい口調で呟くと真田さんがいきなり頭をグリグリと撫でてきた。
「芽衣さんらくしないね」
「そう?」
「うん。俺の知ってる芽衣さんなら、俺が何処の派出所勤務になろうと会いたくなったら毎日押し掛けてくると思うんだけどな」
「何だか押しかけ女房みたい……」
そこまで無茶しないよと言いかけてはみたものの、今までの行動を省みると否定できない自分がいる。
「ま、押しかけ女房になってくれるのは嬉しいけど芽衣さんはまだ二十歳前だからね。法律的には問題ないけどそういうのは二十歳になってからにしようか。そう言えば芽衣さんの誕生日っていつだっけ?」
「ん?」
「ん?」
真田さんはいつもの無表情な顔で私のことを見詰め返してきた。
「真田さん、今なんて?」
「誕生日はいつ?って聞いたんだけど」
「そうじゃなくてその前」
「押しかけ女房大歓迎」
だからどうして肝心な部分を飛ばして巻き戻しちゃうんだか。
「分かってて飛ばしてる?」
「それは芽衣さんも同じだろ? 聞き逃したわけでもないのにどうしてわざわざ聞き返すんだ?」
しばらく睨み合いみたいな感じになっていたら、真田さんがとにかく人がたくさんいるところで話すことじゃないよねと笑って近くに美味しいケーキのお店があるらしいから行ってみようかと言うので一時休戦してデパートを出ることにした。
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「それで? 芽衣さんは俺に何が聞きたかったのかな」
大通りから少し奥まったところにある小さなカフェ。デパートには何度か来ていたけどその近くにこんなお店があるなんて知らなかったって言ったら、真田さんは少しだけ言いにくそうに元カノさんが教えてくたって白状した。何でもこういうお店を一つぐらい知っておかないとカノジョを作っても逃げられるちゃうわよって言われたらしい。
「何の話だっけ?」
「……芽衣さん」
誤魔化されないぞって顔を真田さんがしているけど今は無視。だって目の前にあるケーキが美味しそうなんだもん、先ずはこれを食べなきゃ!
「美味しい! 真田さんも頼めば良いのに」
「……」
「美味しいケーキのお店があるって言い出したのは真田さんの方じゃない。だったら先ずは話し合いよりケーキでしょ?」
「まあ良いけどさ……」
ボソッと呟くとケーキを頬張っている私のことをジッと眺め始めた。うっ、なんだか落ち着いて食べられない状態になってきた!
「ちょっと、なんでジッと見てるわけ? 食べたいなら頼めば良いじゃない」
「別に俺はケーキを食べたいなんて思ってないよ。芽衣さんとさっきの話の続きをしたいだけ」
だからケーキを食べ終わるのを待ってるだけだよ、だって。だからってどうしてお巡りさんの顔してこっちを見詰めてくるのかな、めちゃくちゃ落ち着かないんだけど!!
「あっち向いてて」
「イヤだ」
「一口食べる?」
「いらない」
「……」
そんな訳でお店の奥まった席で不穏な空気を醸し出す真田さんを目の前に落ち着かない気分でケーキを食べる私、途中からケーキの味がしなくなってきたじゃない!!
「もう!! 今日の真田さんてば意地悪すぎ!!」
「俺の何処が意地悪なのさ」
「手は離してくれないし、後ろで背後霊みたいに立つし、今はお巡りさんみたいな顔して私のこと監視してるし!!」
「背後霊って……意地悪なのは芽衣さんの方だと思うけどな。しかもかなりの長期間、俺に対して意地悪し続けているっていうか」
「なんでよ。私、意地悪なんてしてない。お菓子だってお花だって押し売りしてないもん」
そりゃ最初のカケツギは押し掛けたけどさ。
「ほら、もうそれ自体が意地悪だ。俺の精神的ダメージはかなりなものなんだけど」
俺の精神力、ゼロ状態だよとぼやいている。
「俺の人生に文字通り飛び込んできて引っ掻き回しているのは誰なんだよって話。しかも新しいカノジョが出来るようにお参りするとか言い出すし、手を繋いだことに文句を言うし、後ろに立って他の男を牽制すれば背後霊呼ばわりされるし」
俺って不幸だよねとしみじみと呟いた。
「飛び込んで引っ掻き回してなんていないってば」
「自覚が無いから困るんだよね。俺が警察官だからってだけで毎日送迎をしていたとでも思ってた?」
そこは気になってた。ただ真田さんが言うような意味ではなくて職務を逸脱して上の人に怒られないかってことでだけど。お花を買い続けてくれるのもお向かいさんのよしみの延長だと思ってたし。
「……手、繋ぎたかったの?」
「そりゃね。せっかくデートに誘ったんだから」
「背後霊……?」
「芽衣さん、他の男の視線なんて全く気にしてないんだから。そりゃ店にいる時に愛想良くするのは良いけどもう少し警戒感持たないと色々と良からぬムシがつくんじゃないかと心配だよ。だからまあ、不本意だけど背後霊は当たってるのかな……」
そう言いながら溜め息をつく。その様子を見ながら頭に浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。
「あのさ、真田さんってもしかして私のこと、好き?」
「好きじゃなかったら専用のマグカップを職場に置くことなんてしないし、こんなふうに誘わないし、手を繋いだりしないだろ? 今まで言わなかったのは芽衣さんがまだ二十歳前だから。さっきも言ったけど法的に問題なくてもやっぱり二十歳になってからって決めてたんだよ、そういうの」
そして思いっ切りフライングしてるよなと付け足した。
「……ねえ」
「なんだい?」
「それって、もしかして自供?」
「なんでそこで自供なんて言葉が出てくるかな……」
「だってお巡りさんだし。じゃあ一般人風に言い直してみる。それって告白?」
途端に真田さんの頬の辺りが赤くなった。うわっ、うわっ、耳まで赤くなった!!
「芽衣さん、もう少し何て言うか羞恥心とかないの?」
「何で? 告白されて恥ずかしいとか変じゃない? 嬉しいなら分かるけど」
「嬉しいのか?」
「うん。珍しく真田さんの赤くなった顔も見れたし」
なんか違う気がするなあと微妙な顔をしている真田さん。
真田さんは私が二十歳になった時にちゃんとお付き合いして下さいって話をするつもりだったらしくて、それで私の誕生日が知りたかったみたい。ちなみに私の誕生日は名前でも分かる通り五月の三十日。あと二日生まれるのが遅かったら芽衣じゃなくて綾女ちゃんになっていたかもしれないんだって。
そんな訳で半年ほどフライングしちゃっているし言い方は悪いけど成り行きで告白を自供しちゃった真田さん、それでも今更無かったことになんてするつもりはないようで改めて付き合って下さいってその場で申し込まれた。もちろん答えはYES。だって何とも思ってない人のところに毎日押し掛けたりするわけないじゃんって話だよね、もちろんそんなこと自白するつもりはないけど。