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第十四話 らしきもの、とその前に

 真田さんとデートらしきものをすることになって行き先を決めたら次にしなきゃいけないのは着ていく服を決めること。自慢じゃないけど私って本当に機能一点張りな感じの服しか持ってないから悩んでしまう。ほら、私だって仮にも女の子なんだし恋路じゃなくったって誰かとお出掛けするならそれなりに可愛い衣服を着ていきたいじゃない?


「今から買いに行くなんて無理な話だよねえ……」


 あまり気合を入れてお洒落をしたらそれはそれで真田さんにドン引かれるかもしれないし、寒くないことを最優先に持っている服でそれなりに可愛い感じで頑張ってみようと思う。こういう時って美術系のスキルもそれなりに役立つんじゃないかな。おお、私がそんなことで悩むなんてもしかして生まれて初めてのことじゃ? 自分でもちょっと驚きだ。


「芽衣ちゃん、ちょっといい?」


 そんなことをクローゼットの前で悩んでいると下からお母さんの呼ぶ声がした。


「どうしたの?」

「うん、芽衣ちゃんにね、お客さん……」


 下からこっちを見上げているお母さんの表情は何だか微妙な顔をしている。こんな時間になんだろう、変な勧誘でも来た? 首を傾げながら下にいってお店の方に顔を出すとそこには真田さんと御夫婦らしき男女が立っていた。どちら様だろう? それに何で真田さんもいるの?


「あの、私になにか……?」

「こちらがね、芽衣さんに謝りに来たそうなんだ」

「謝る? 何を?」


 戸惑ったままツッカケを履いてお店の方に行くといきなり御夫婦が頭を下げてきた。


「すみません、お嬢さんを突き飛ばしてしまったのはうちの妻なんです」

「……へ?」


 いきなりの急展開に私、頭がついていかない。だって真田さんが勘とか言っているのを聞いても頭の何処かでは階段の滑り止めに引っ掛かって躓いて落ちたんだって信じていたから、こんな風にゴメンナサイと言われても咄嗟に言葉が出なかったんだよね。どういうこと?と真田さんを見ると、二人して派出所にやって来たんだよとの返事。


「俺があれこれ調べているのを知ってそのうち自分がやったと判明すると思って謝りに来たらしい」


 そう言う真田さんの口調はいつもと違ってちょっと冷たい感じ。顔もなんとなく普段するお巡りさんの顔と違ってかなり厳しい顔をしているし。


「とにかく立ったままだとあれだから、皆さん、こっちに座りませんか?」


 お母さんが奥の作業用のテーブルの方を手で示したので、皆そっちで座って話すことにした。御夫婦と向かい合うような感じで座った私の後ろに真田さんが立つ。うわあ、なんだか後ろから物凄い圧迫感が……。


「椅子はまだあるし真田さんも座ったら?」

「いや、俺はこのままで。で、一体どうして芽衣さんを階段から突き飛ばすことになったのか経緯を話してもらえますか」


 ああ、当然のことながら完全にお巡りさんモードだよ、しかもお怒りモードも含まれている感じがする。派出所で話を聞きましょうって言わなかっただけまだマシかも。



+++



 この御夫婦がうちのお店を知ったのは何年か前にお知り合いと一緒に子供さんのピアノの発表会に飾るお花を頼んだことからだとか。そう言えばよく御夫婦でお花を選びに来ていたことが何度かあって、今年も確かピンク色は可愛いけどありきたりだから別の色で爽やかな感じでお願いしたいんですけどって言っていた気がする。で、その時に旦那さんがお花って高いなって驚いていて、奥さんは生花はみんなこんな感じよって話していた記憶がある。


 でも、それとこれとどういう繋がりが?


 有りがちな話だけど、あまりに奥さんがお子さんに入れ込むものだから旦那さんとの関係がギクシャクしちゃっていたらしい。夫婦の会話が減ってきたり些細なことで言い合いをしちゃったり、それはお互いに気が付いていたみたいなのよね。で、そんな状態を打破しようと職場のお友達に相談した旦那さんは、奥さんが喜ぶものを買って帰ろうかって考えて一緒によく来ていたうちにお花を買いに来るようになったとか。そう言えば、最近も奥さんの誕生日にお花をってお店に来て花束を買ってた気がするな、この旦那さん。


「それを妻が何故か誤解してしまって……」


 ここしばらく奥さんの様子が何気におかしいから問い詰めたら私を階段から突き落としたことを旦那さんに話したんだって。奥さんがどう誤解したかなんて今更聞き返すこともないよね。つまりのところ、いつでもどこでも喧嘩を買っちゃう私の性格が災いしたんじゃなくて、お店で頑張ってお客さんに愛想よくしていたのが原因だったってこと。だけど私、どのお客さんにも同じように接していた筈なのに何でそんな誤解されちゃったんだろう、ほんと、世の中ってなかなかうまくいかないものだなあって思ってしまった。 


「たまたま駅ビルで見かけたお嬢さんをつい……」

「突き落として逃げた、と」


 ううう、真田さん、なんか怖いよ……。後ろにいるからどんな顔をしているのか分からないけど御夫婦がビクッってなったところを見るとかなーり怖い顔になってるんじゃないかなって。


「芽衣さん」

「は、はい?」


 私は何も悪いことしてないのになんでビクッてしなきゃいけないんだか。


「これで事故じゃないってはっきりしたわけだし、今から被害届、出すかい?」


 “被害届”という単語にギョッとなる奥さん。


「まさか謝罪して無罪放免だなんて思ってませんよね、奥さん。こちらのお嬢さんはそのせいで怪我をしたわけですし、幸いなことに軽傷で済みましたが頭の怪我です、命に関わる怪我になっていた可能性もあるんですよ?」

「それは……」


 奥さんの方はそこまで考えていなかったようだけど、旦那さんの方はきちんと慰謝料を払うつもりもあるし私が被害届を出すと言うなら止めるつもりは無いと言うことだった。だけどさ、私が被害届を出したらこの奥さん、犯罪者になっちゃうってことでしょ? 奥さんはともかくお子さんが可哀想じゃない? 頑張ってピアノのお稽古を応援してくれていたママが逮捕されちゃうなんて。そう言うと真田さんが溜め息まじりに私の肩を掴んできた。い、痛いよ、真田さん。


「芽衣さん、こうやって謝罪に来て今回の事件は階段から突き落とされるだけで済んだわけだけど、奥さんが芽衣さんへの攻撃をもっとエスカレートさせてくる可能性だってあったわけなんだよ。警察官として言わせてもらえばきちんと被害届は出すべきだと思う」


 もちろん判断は芽衣さんに任せるけど、と真田さんは付け加えた。


「お母さん……」


 困ってしまって横に座っているお母さんに助けを求める。そりゃ突き落とされたのは腹立たしいけど石頭なお蔭で今は抜糸も終わって剃ったところの髪の毛もはえてきたし、頭が痛くなるのだってもう無いし。それに誤解は解けたんでしょ? まだご主人と私のことを疑ってるなんてことはなくて反省しているなら、被害届は出さなくても良いんじゃないかなって思うんだけどな。


「真田さんは警察官ですもの、こういう場合はそうしか言いようがないわよね。だけど芽衣ちゃんは奥さんがちゃんと反省しているならそこまでする必要は無いと考えているのよね?」

「うん」


 真田さん、肩を掴む手が痛いよ……。


「私もお父さんと相談してみないことには何とも言えないけれど、被害に遭ったのは芽衣ちゃんなんだから、芽衣ちゃんの意向が一番だと思うの。それで良いかしら真田さん」

「……分かりました。以後は両家で話し合いをすると言うことで良いですか?」

「そうね」


 私の肩からやっと手を離してくれた。やれやれ……握力あり過ぎだよ、真田さん。


 その後は私のことはそっちのけでお母さんとあちらの旦那さんであれこれと話を進めた。途中で弁護士なんて単語が出てきたから驚いちゃったんだけど、こういうことは最初にきちんとしておいた方がお互いに後で嫌な思いをしなくて済むのよってお母さんの一言に旦那さんも完全同意。後日きちんと書面を取り交わすことになるらしい。


「お母さん、お父さんと相談するとか言いながら殆ど決めちゃってるじゃない……」


 話し合いが終わって御夫婦が何度も頭を下げながら帰っていくのを見送りながらぼやいた。


「良いのよ。お父さんとお母さんは一心同体なんだから」

「そんなところでさり気無く惚気ないで」

「どちらにしろ何もしないって訳にはいかないわよ。実際のところ芽衣ちゃんは怪我して病院に運ばれたわけだし、被害届を出さないまでもきちんと双方が納得する形で償って貰う方があの人達の為でもあるのよ」

「そうなの?」

「そうなの。だけど真田さんには申し訳ないことをしたかしらね、せっかく色々と調べてもらっていたのに被害届を出さないのは」


 お母さんは私の隣に立っている真田さんの方を覗き込んだ。


「いえ。自分があちらこちらで聞き込みをかけていたのがきっかけになったのは事実みたいですし、被害届を出す出さないはそれこそ芽衣さんやお母さん達の気持ち次第ですから。とにかく良かったですよ、芽衣さんが犯人捜しを始めてしまう前にはっきりして」

「ちょっと、私、犯人捜しなんてする気はなかったけど!」


 またまたと真田さんがニヤリと笑った。


「人間観察と称して容疑者探ししてたろ? ねえ、お母さん」

「そうなのよ。普段はお客さんを買った花でしか覚えない子が変にジロジロとお客さんの顔を見ているんだもの。そのうち芽衣ちゃん、何でそんなにジロジロ見るの?って言われないかハラハラしていたわ」


 うわあ、なんか思いっ切り私の考えがバレてるし。


「でもこれで一安心ね。良かったわ、変な人に目をつけられている訳じゃなくて。これで真田さんも芽衣ちゃんのお守りから解放されるわね、長いあいだ本当に有り難う」

「いえ。パトロールの一環として付き添っていただけですから」


 そっか。週明けからは真田さんと一緒に学校に行くことも帰ることもなくなっちゃうんだ。あ、なんだかつまんないかも。


「そんな顔しなくても良いだろ? これで心置きなく友達と寄り道も出来るじゃないか」

「そうだけどさ」

「なんなら非番の時だけでも送り迎えしてあげようか?」

「私、幼稚園児じゃないから良いよ。それに、真田さんとお話したくなったら派出所の方に押し掛けちゃうし」


 だってお向かいさんだもんね。


「でもさー、これで大事なお客さん減っちゃったのかな。きっとこれからはうちで発表会のお花、注文してくれなくなっちゃうよね……」


 そんな私の言葉にお母さんと真田さんは呆れた顔をして笑った。いや、だって、発表会用の花束って結構なお値段してたんだよ? 事件が解決したのは良いとしても松岡生花店にとっては結構な痛手じゃない?


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