中
物心ついた時には、既にそわそわしていた。
時々ふいに心臓がドキドキして、その理由を見つけなくてはと、思わずにはいられなかった。
これが楽しいと聞けば、手を出し。
あれは最高だったと語られれば、己もと交わり。
かじってみては、コレ違うと感じてしまう日々。
このドキドキを不快に感じる事が多くなった。
あっちこっちに落胆しつつも、もう少しやり込めば、受ける感覚も変化するかも知れないと、頑張っていた時期もあったから、色々と使えると思われたのだろう。
皇族の御世話係となるべく仕込まれ始め、そのまま第六皇子付を拝命した。
そしていよいよ、第六皇子との対面の日。
意味の分からないドキドキが、一層激しくなっているとは思っていた。
緊張するなんて柄ではない。
それなのに。
期待するな。
どうせ、またハズレだ。
という、いつもの諦めの境地はどこへやら。
心臓を中心に指の先端まで、今やドキドキを飛び越え、どっくんどっくんと広がっていく。
「御身に御仕えする事を、お許し願えますか?」
膝をつき、伏せた状態から、何とか絞り出せた口上は、完全に上擦っていた。
見っとも無いのは重々承知だが、例え怪訝そうにされ様が、気遣われ様が、もうどうしようもなかった。
「許す。顔を上げよ、堅苦しいのはここまでだ。随分と緊張しているな」
第六皇子の声を聞き、跪いているにも関わらず、強烈な浮遊感に襲われて気を失った。
ご丁寧にも「あ」とか「う」とか、小さく呻いたと思ったら、鼻血を吹いて……とは目が覚めてから聞かされた。
たぶん対面前の、細部にまで亘る健康診断がなければ、病気を疑われたはずだ。
こうして……。
視線を合わせる事すらなく、第六皇子付は立ち消えた。
せっかく、せっかく! 唯一無二の側にいられるという、最高の職だというのに、この体のせいで、全く何なんだッ! と、己を殴りたい。
身の回りの御世話は無理でも、せめて陰ながら支えたい。
そう願って、城の内勤に就いてはみたが、なぜか想像以上に、六の君との遭遇率が高かった。
そのたびに、どっくんどっくん状態に陥り。
血管壁の弱い部分からの出血……つまり、鼻から血が流れ行く。
ある意味、切れるのが鼻で良かったと思うべきなのか?
そうなのかっ? なんて現実逃避。
そうでなくても己の唯一無二が、六の君だと気付いてしまったからには、ついつい存在を探ってしまい、その上に感じたくなる。
この辺から、六の君での妄想癖は始まっていた。
出会うたびに鼻血を吹いて気絶してしまうから、きっと少なく見ても、六の君からは呆れられている。
というか、たぶん嫌悪されて……いやいや考えまい、己の心に反応して背筋に震えが走った。
妄想内の六の君は、当たり前だがそんな現実とは全く違う。
妄想だから、現実のシガラミなんてものに、囚われなくてもいい。
あ、でも身分差は立派な妄想ネタだよな~。
***
ともすると零れ落ちそうになる涙を、ぐっと堪えつつ、己は訴える。
「所詮、六の君とわたくし如きでは釣り合わないのです。従妹姫と許婚であると、知らないとでも? そもそも男であるわたくしには、皇族の血さえ残せない」
これを言えば、六の君を困らせてしまう。
そして口に出したとしても、現状は変わらない。
けれど心にずっと溜まっていた気持ちを、己は続けて吐き出してしまう。
「そう分かっているのに、なぜ御側にと願ってしまうのか。皇都からも離れ、六の君の存在さえ感じられない、遠くに行きさえすれば、この苦しみが少しは薄れるかも知れないというのに……」
「すまない。こうして会わない方が、互いの為に良いと私とて分かっているのだ。だが、それでも。どうしても、そなたを求めてしまう」
「……っ」
あ~、何だか真面目に悲しくなってきた。
妄想内なのに、六の君にまで辛そうな顔をさせてるし。
……もう路線変更しよう、うん。
「わたくしと同じ様に考えて下さっているのですね、嬉しいですッ!」
がば~っと、六の君に抱き付いた。
「こ、こら。真剣な話なのだぞ?」
戸惑いながらも、六の君の腕は条件反射で、己の背にしっかり回っている。
悲しくなった分の埋め合わせをしたくて、六の君の肩口にぐりぐりと、額や頬を擦り付けた。
***
なんちゃってっ。
せっかくの妄想なんだから、最終的にはやっぱり楽しいのが好みだ。
あぁ、現実は厳しいなぁ。