前
心臓がドキドキ高鳴り出した。
それは現皇の第6番目の皇子、六の君が帰城する合図だ。
先触れ何かが来なくても、己の唯一無二の存在が近付いて来ているのを、全身でしっかりと察知した。
皇城には皇国の守護神が顕現する、力場がある。
世界に数多いるらしい神の1柱が、ある人間を気に入って娶り、子が生まれた。
その子孫が皇族なのだ。
そんな神の気配に引かれてか、それとも神が顕現出来た様に、魔も現れやすい地なのか、はたまたその両方か、その逆に全く関係ない事象なのか、皇城の周囲には魔が始終出る。
そんな魔による被害が出ない様に、退治するのが己の務めではあるが、城勤め・登城する者には、突如、魔と遭遇しても動じる事のない能力が求められる。
毎日が肝試し、なのだ。
警邏しつつ、闊歩する魔を退治する。
大変分かりやすい、お仕事だ。
六の君が通られる時だけ、殊更、目を光らせる。
魔なんて物が、六の君の視界にさえ入り込まない様に。
そして妄想内では、いつの間にか六の君が目の前に立っていたり……。
***
己に気付いて、通って行く六の君が声を掛けて来てくれる。
「いつもすまない」
「いえ、仕事ですから」
当たり前だが、貴人から謝られるなんて、まずない。
たぶん六の君も、この場にいる相手が己でなければ、こんな風には言わないだろう。
「仕事、だけなのか……?」
「六の君の時だけ、念入りに、格別ですッ」
少し残念そうな六の君に、慌てた。
そんな己に視線を緩ませたかと思うと、すぐに心配げな表情を浮かべる六の君。
「魔物退治が重要な勤めだと、理解している。だが、いつか私の知らぬ間に怪我でもするのではと……」
己は六の君に手を取られ、そして撫でられた。
「ほら。もうこうして触れても平気ではないか。今度こそ心身共に私の側にいて欲しい」
六の君のお願いを叶えたいのは山々なのだが、首を横に振る。
「……今回も折れてはくれぬのだな、愛しい人」
「この場から、ずっとお慕い申し上げております」
己の手ごと六の君の甲を引き寄せ、唇を落とした。
***
なんちゃって。
何度同じ妄想を繰り返しても飽きない、この不思議。
この後は~、そうだな~。
「少し、いいだろう?」
なんて言われて、木の陰でぎゅっぎゅして、ちゅっちゅして、それから~。
「ヒャ~~~ッ!」
気絶したらどうするんだ、そこら辺にしとけ自分~ッ!
照れ隠しに、魔を切って切って切りまくる、そんな日々だっていうのに。
第3者から見ると、突如奇声を上げて、刃物を振り回す図だが、そんなの構ってられんっ。
そうこうしている間にも、皇族専用門を通り、城内へと六の君の後ろ姿は消えていく。
いつも、通り過ぎて行くだけで、決して立ち止まる事はない。
言葉を交わすなんて、有り得ない。
だから気絶する事も、鼻血すら出ない、六の君と己の距離。