1番 ショート 倉田和己
1番 ショート 倉田和己
身体が酸素を求めて悲鳴をあげる。
自分にしか分からないゴールテープに向かって残った力を吐き出して行く。あと少しゴールに決めた公園の桜の木。つい最近まで淡い薄紅色の花で覆われていた桜の木も、いつの間にか緑の葉だけになってしまっている。葉桜とも呼べなくなった桜。いつだってそうだ。何かを介することでしか時間の流れを知ることは出来ない。
力を大きく吐き出す。足の回転が上がり、風が少し強くなる。
胸がゴールテープをきると同時に芝生の上に倒れこむ。
はぁはぁ
地面を背にすると、空と俺の間にあったものが、俺の身体を優しく包みこむ。それには、重さと呼べるものはなく、ただ、上から下に、俺の身体から生きることでうまれた不純物を優しく取り去っていく。音が熱が少しずつゆっくりと地面に溶けて、心臓の鼓動だけが静かに響く。眼を閉じその音に耳を傾ける。
それは、生命の唄だ。一定のリズムで奏でる唄。意志とは関係なくただいつの日か演奏を終えるまでリピートし続ける自分だけしか聞くことの出来ないこの唄を今はただ全身で聴いていたい。
どれくらいの時間が流れたのか、唄は徐々に小さくなっていく。眼を開けると、街の喧騒と共に身体の感覚が戻ってくる。
もう、唄は聴こえない。冷えた身体を起こし、時計を確認する。
22時55分。帰るか。和巳は歩き出す。少しずつ身体に火を入れていく。寮までの道を走りだす。