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1.遭遇

遅くなりましたが、やっと本編です。説明が多くてかなり出来が悪いですが…。

目が覚めると、家の固定受話器が鳴っていた。受話器は自分が寝ているベットから離しておいているから、電話を受けるにはベットから出なければならない。

「む…」

しばし黙考。時計を見ると、7時30分を示している。電話をしてくる友人をあいにく自分はほとんど持っていないし、母なら携帯電話にかけてくるはずだ。ならば、この電話は間違い電話か、セールスだ。そう結論づけると、もう一眠りしようと目を閉じた。数秒後、電話の呼び出し音が切れ、部屋に静寂が戻った。しかしその後すぐ、またもや電話が鳴った。呼び出し音は15秒間に設定してある。さすがにこのまま切れるのを待つには、音が鬱陶しい。仕方なく、出来るだけのろのろとベットから抜け出ると、ワイヤレスの受話器をホルダーから取った。

「もしもし?」

「電話に出るのが著しく遅い、楠木ノロマ君」

「一教師が生徒に対してそんなこと言っていいんですか?ご存知かと思いますが、俺の名前は楠木晴翔です、花巻先生」

第一声で、電話の向こうにいるのが自分の担任教師だと分かり、すかさず返答する。

「貴重な日曜の朝を、わざわざ生徒に割いてやってるんだ、教師の鏡と褒め称えるべきなんじゃないか?ノロマ君」

「一回で出なかったのは謝ります、すみません。だからその呼び方をやめてください」

晴翔は花巻が機嫌を悪くしているのを感じ、仕方なく謝った。

「ということは、君はわざと私の電話に出なかった、というのだな?」

…はめられた!寝起き頭にしても、これほど容易く敵の術中にはまるとは、自分の愚かさに腹が立った。しかし、ここで勝手に自己嫌悪に陥っても仕方が無い。まず、花巻の用件を聞く必要があった。

「すみませんでした、で、何のご用件ですか?」

「ああ、まだ伝えてなかったな。今日、昼までに学校に来い。どんな用事があってもだ。詳しい内容は学校に着いてから話す」

「は?ちょっ、ちょっと待ってください!電話じゃだめなんですか?それに内容って何のはな…」

プツッ。ツー、ツー、ツー。

「あのひと、切りやがった!」

かけるのが突然なら、切るのも突然だ。晴翔は、自分の用件だけ伝えて、人の話を聞いてくれない花巻にむかっ腹が立った。しかし、『どんな用事があっても』と念を押された以上、行かない訳にはいかない。

「…準備するか」

晴翔は洗面所に向かうと、蛇口をいっぱいに捻り、水を放出させる。年季の入ったそれが、抗議するかのように甲高い音を上げた。バシャバシャと冷たい水を顔にかけると、霞んだ思考がはっきりした。晴翔は掛けてあったタオルで顔を拭いたあと、前にある鏡を見つめた。大きめの黒眼に、高く通った鼻。少し日本人離れしたような、かつ男にしては線の細そうな顔立ちの少年が見つめ返してくる。視線が動き、その目が止まった場所は頭だった。髪の毛が、不気味なほど「真っ白」なのである。寝癖の残るその白髪を見て、晴翔は深い溜息をついた。実は、わざと染めた訳ではない。生まれつき、ずっとこの色なのだ。染めようとしても、なぜか全く色が付かず、白色のままだった。家系に白髪の外国人はいないし、原因は全く不明だ。だが、晴翔にとって、この髪は大きなコンプレックスなのははっきりしている。幼少の頃から白髪のせいで不気味がられて友達ができず、また酷いイジメを受けたこともあった。

「まあ、仕方ないか、生まれつきだし」

いつものように呟く。確かに嫌な髪だが、しかし、この髪を『好き』と言ってくれた人がいたのも事実だ。たった一人でも、認めてくれる存在がいる。それだけで、晴翔はこの白髪と上手く付き合っていける気がしていた。

「さぁ、さっさと準備していかないと、あの人は色々とうるさいからな」

長野県伊那市。南アルプスの数々の名高い霊峰に囲まれ、のどかな風景が広がる。所々まだ雪化粧をしている山頂とは対比的に、麓は春を迎えた喜びでいっぱいの生き物達が、我先にと活動の場を広げていた。山と山に挟まれた田舎ではあるものの、電気・ガス・水道など、人間の生活に必要なものはきちんと揃っている。学校、病院などの施設が少ないことを除けば、住むのにはとても良い場所だ。商店街には魚屋や肉屋だけでなく、コンビニエンスストアも立ち並び、地面はきちんとコンクリートで舗装されている。町を行く人々は笑顔に溢れ、活気に満ちている。

そんな中で一人、晴翔は帽子を目深に被り、赤い自転車で学校へと向かっていた。町が元気なのはいいことだが、少し人が多すぎる。元々人混みが好きではない晴翔は、少し鬱陶しく感じながらも、賑やかな雰囲気に心を明るくしていた。

晴翔が通っている、そしてあと二ヶ月で卒業する中学は、この商店街を抜けた少し先にある。自転車で行けば、晴翔が独り住まいしているアパートから15分程度で着く距離だ。

「よお、晴翔君、お出かけかい?」

「ハルちゃん、おはよう!」

通り過ぎる商店街の人に次々と声をかけられる。中学生の一人暮らし(母も一緒に住んではいるが)ということで、近所のおじさんおばさんが何かと気にかけてくれるのだ。

「おはようございます!ちょっと先生に呼び出し食らっちゃって!行ってきます!」

晴翔は元気良く返事を返す。もちろん、近所の人達は晴翔の髪の事は知らない。晴翔は外に出る時は、必ず帽子を被っていたから。もし、白髪が知られてしまったら、この関係はどうなってしまうのだろう。晴翔はときどき怖くなる。

「なんだ、先生様のお説教かい?

日曜なのに大変だな!」

魚屋のおじさんが晴翔に叫ぶ。晴翔は、その言葉を聞いて思わず苦笑した。

(いつかは話さないとな)

優しくて、頼りになる人ばかりだ。きっと真実を知っても、変わらずに接してくれるだろう。晴翔は一瞬心に差した影を振り払うように、スピードを上げて商店街を抜けて行った。

商店街を抜けると、右手には田んぼや畑が広がり、左手にはちょっと高級感の漂う住宅地がある。晴翔の通う市立上谷中学校は、この道の先の、畑と一軒家の間にポツンと存在している。晴翔はあまりきちんと整備されておらず、デコボコの道を最大限のスピードで走り抜けた。中学校の校門に入ると、教員用の駐輪場に自転車を停め、三年生が使う昇降口に向かう。この校舎は築35年で、お世辞にもキレイとは言えない。外から見ても塗装が剥げている部分が目立つし、中はもっと酷い。晴翔は木製の下駄箱に入っている、上履きに履き替えると真っ直ぐ二階の職員室に歩いて行った。建て付けが悪いと有名な職員室の横開きドアをノックし、目的の人物を呼んだ。

「おはようございます、3年D組の楠木晴翔です。花巻先生はいらっしゃいますか?」

「ああ、楠木君か。今行くから、入らなくていいぞ」

スーツ姿の女性教師が、職員室に入ろうとした晴翔を止めた。晴翔は職員室で話をするのではないのか、といかぶしく思ったが、大人しく待つことにした。教師は何かの分厚いファイルを小脇に抱え、職員室から出てきた。

「思ったより早い到着だな。優柔不断の君にしては珍しいんじゃないか?」

「悩む要素がありませんよ。だって、僕に行かないという選択肢はなかったでしょう」

「ああ、はじめから君には来てもらわなくてはならなかったからね、何と言おうと学校には来てもらった」

どこか楽しそうに言う花巻。齢三十半ばと聞く(本人に確認したわけではない、そんなことをしたらすぐ拳が飛んで来る)彼女は、長い髪を後ろでざっとまとめ、化粧もかなり軽めである。教師よりも少しの歳を離れたお姉さん、といった容貌だ。白髪を知っても、変わらず接してくれる数少ない人間の一人だ。晴翔は、この教員をかなり慕っている。

「で、今日は何の話なんですか?日曜日だし、先生も色々あるでしょう?」

二人は歩き始めながら話を切り出した。

「まあな、だが、今日は本当に重要な話だ。楠木、君は選択で霊術学を採っていたね」

霊術学。それは、古来より伝えられてきた、霊力と呼ばれるエネルギーについて学ぶ学問。もとは世界学という名前だったが、江戸時代中期からは霊術学、となった。世界学は、元々は「人は死後どうなるのか」という疑問を解決するための学問だったらしい。"死"について誰も分からないのは、死んだ人間は文字を書くことも話すこともできず、自分が経験したものを語れないからだ、と学者達は考え、彼らは死んだ人を蘇らせる研究を始めた。死んだ人をもう一度蘇らせ、経験した"死"について解明する、というのだ。今では考えもしないような突拍子もない発想だが、当時では日本だけでなく、世界の国々で大真面目に研究されていた。学者達は世界学を深めるなかで、たくさんの興味深い事実を見つける。この世の生きるもの全てには、霊力という不思議な力が備わっていること。この霊力を決まった法則に従って使うと、決まった効果、現象が現れること。霊力が人々に見えないのは脳が無意識に処理していて、目に映っていても視覚化しないからということ。霊力だけがある核に集まり、凝縮され実体化した"霊体"が存在すること…などなど。結局「死とは何か」を解明するには至らなかったものの、その過程で得たものは非常に大きく、科学に匹敵するほどの発見、とまで言われた。そこで、世界学の研究で得たものをまとめ、整理し、より実用的にした。「生命の蘇生」という非現実的なものを目標とするのではなく、霊力そのものの原理、法則性を学び、コントロールして実際に使えるようにすることに重点をおいたのが、霊術学というわけだ。そして江戸時代で鎖国が終わり、西洋の文化が一挙に入ってきたとき、各国の霊術文化も同時に日本に上陸した。それにより、霊術学は宗教性が極力排除され、洗練されたものとなった。これが現在に言う「真式霊術学」だ。

「まぁ、一応は。僕の中では一番の得意教科ですから」

霊術学において、最も重要とされるのが『才能』だ。霊力には霊色と呼ばれる色があり、色の異なる霊力は、それぞれ特徴が違う。この色を視ることができるのが、霊術学を受けるうえでの、最低限の条件だ。霊色が視れない人間は、まず霊術学は学んでも意味がない。だから選択課目なのだ。晴翔はその点に関して、そこそこに恵まれた才能を持っていた。

「確かに、君の成績はとても優秀だと興善先生から聞いている。霊色を視る力も人一倍強い、とな」

晴翔は、花巻の言葉には若干の皮肉が込められているのを感じていた。『視る力』が強いというのは必ずしも良いとは限らないのだ。例えば、悪性霊体。地獄から流れてくる瘴気が、何らかの原因で寄り集まったもの。自らの身体を安定させるために、人を襲い、霊力を食らう。だが、あくまで霊力の塊なので、その恐ろしい姿は、通常の人には見えないのだ。

「色々ありますが、見なくて済むなら見たくないものが多いですから…。で、その霊術学がなんですか?」

話が逸れ掛けたのを、ごく冷静に戻す。だが、花巻の返答は意外なものだった。

「楠木、霊術学のことでお前に会いたいという人がいる」

「へぇ、霊術学のことで?いったい、誰ですか?」

晴翔は純粋に驚いた。霊術学は生まれ持ったものに左右されやすい。だから、一般化されたといっても扱うことのできる人間はごく少数。それゆえ、科学に比べて普及は未だされていないし、霊術学に関する職業に就く人もあまりいないのだ。こんな辺鄙な田舎に、わざわざ霊術学の受講者を訪ねてくるなど、非常に稀なケースだと晴翔は思っていた。

花巻は、少し顔を綻ばせて、信じられない名前を挙げた。

「刈谷翔平、ああ、『神速』といえば分かるかな」

晴翔は心臓が大きく跳ねるのを感じた。ドクンドクンと、鼓動が速くなっていく。

「なっ…、し、『神速』って、あの刈谷翔平ですか⁉」

「彼以外にも『神速』がいたら、人類は半世紀は安泰だろうな」

花巻はさして表情を変えることもなく、当たり前のように呟く。

「先生は驚かないんですか⁉だって、『神速』ですよ⁉ 22歳で対魔官になり、たった三年で鬼祓いにまで上り詰めた天才です!」

晴翔は興奮を隠すこともせず、頬を紅潮させながら一気にまくし立てた。

花巻はその様子を見て苦笑していた。

「やはり、電話で要件を伝えなかったのは正解だったな。その様子じゃ、学校に来るまで何をしでかすか分かったもんじゃない」

「そりゃあ興奮しますよ!逆に先生がそんなに落ち着いていられるのが分からないです」

二人はいつの間にか、ある部屋の前に来ていた。ペンキが剥がれかけた横開きのドアには、「講義室1」と書かれている。

「こっちは仕事だからな、私情は挟めない」

花巻は肩をすくめた。晴翔はここで、重要なことに気づいた。

「あ、そういえば、なんですか?彼がこんな田舎に来た目的って」

興奮してすっかり失念していたが、彼はあくまで祓魔士であり、また鬼祓いの超エリートである。「祓魔士」とは、悪性霊体を浄化するための十分な知識、力を持ち、国の正式な資格を得た者達だ。人々を悪性霊体から守るため、日々前線で戦っている。その祓魔士の中でも、とりわけ優秀とされ、悪性霊体の最悪クラスの「鬼」を浄化するのを専門とするのが鬼祓いだ。鬼祓いには、一人一人対象とする鬼が決まっていて、その鬼を追って日本中を駆け回っているらしい。だから、やはりどう考えても彼はこんなところに来るほど暇ではないはずなのだ。

花巻はにやりと笑って、錆びれたドアを開ける。その部屋には、一人の男が座っていた。

「それは本人に聞いたらどうだ?天下の『神速』様にな」

〜To be continued〜


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