その1
人々が、自らに死を与え黒死人と呼ばれる異形の者へと変貌させる黒い雨と、それを降らせる漆黒の雲に怯える世界。
その世界にあるアレド村で17歳を迎えた少年トールは、初めての狩りに出かけそこで一人の女性を助けた。
女性の名はミリアス。
黒い雨による黒痕を右手に宿した彼女は、この世界の大国であるドーナ王国の王都パルオンへの旅の途中にトールに助けられたのだと語る。
ミリアスが目を覚ました次の日、2人の立つアレド村に迫り来る漆黒の雲。
漆黒の雲とともに村へ襲来した黒死人に襲われる村人達を救うべく、ミリアスはその右腕から黄金の輝きを放ち、その圧倒的な力で黒死人をなぎ倒した。
数日後・・・。
ミリアスはドーナ王国の王都パルオンに向かう旅客船に乗り、海の上にいた。
「うーー・・・っん!」
船のデッキの手すりに手をかけ、肌に触れる心地よい風を感じると、思わず声が漏れた。
「良い風ですね。」
ミリアスの横にはトールが立っていた。彼は柔らかい栗色の髪を風になびかせて彼女に向かって微笑んでいた。
自分より背が低く、日に焼けていない白い肌をした華奢な体、クリッとした眼。こうして見るとどう見ても10代半ばの美少女にしか見えないのに、つい先日17歳になった立派な男だというのだから驚きだ。
「ごめんね、パルオンまで着いて来てもらって。」
「いえ…。僕も村のことをパルオンの人に伝える必要があるので。」
アレド村に『黒い雨』が襲来し、ミリアスが輝く『黄金の右腕』で迫り来る黒死人を全滅させた後・・・。
ミリアスがやや放心気味に立ち尽くしていると、すぐにトールが駆け寄って来た。
彼は包帯が解かれ、黒痕が露となった自分の右腕を見ても何も語らず、そっと自分が着ている服を脱ぎ、痛々しい右手を隠すように肩からその服を被せてくれた。
ミリアスはトールの優しさと、黒痕は見られてしまったが、どうやら『黄金の右腕』のことは見られていなそうなことを感じた。
次の日、トール以外の若い村の男を失った村長は、村の再興のためトールにアレド村の隣にある港町『レーゲ』の駐屯所にいるドーナ王国兵に助けを求めるよう頼んだ。
トールは迷わず承諾した。そして村長はそこにいたミリアスにトールの同行を求めた。
ミリアスも同じく快諾した。確かにトール以外、老人と女子供だけしか残っていないアレド村の状態を考えると隣町へ行き王国兵に助けを求めることは必要と感じられる。
また17歳とは言え、今まで村から出たことの無いトールが1人で隣町に行くことに、いささか不安を覚えた村長の心境が理解できたからだ。
トールに助けてもらった恩義に報いる意味でも、ミリアスはトールとともに村に残った道具をかき集め、旅支度を整えてレーゲへ旅立った。
レーゲまでは2日足らずの道のりだった。
途中、彼女達は他愛の無い会話を交わしたが、トールはやはり右腕や黒痕については触れてはこなかった。
レーゲにたどり着き、2人はまず町にある王国兵の駐屯所へ向かい、アレド村の惨状を話した。
トールとともにミリアスは当時の状況を話したが、自分が黒死人を倒した経緯は伏せた。自分の『右腕』のことは、まだ誰にも話すつもりはない。
レーゲの王国兵はすぐに村への支援を約束してくれたが、ミリアスの目的地とトールの父の所在がパルオンであることを聞くと、2人にこのままパルオンまで向かうよう頼んで来た。
なんでも兵士の数が慢性的に不足しているらしく、パルオンへの使者に回すだけの余裕は無いらしい。
そのような経緯があり、2人は今パルオンへ向かう旅客船に搭乗しているというわけだ。
「パルオンには今晩到着するみたいですね。」
トールが旅客船の乗り場で手に入れたパンフレットを確認しながら言った。
「割と早く着くのね。」
「えぇ。この地図によると、レーゲとパルオンは大きな湾を挟んだ位置関係にあるみたいですね。」
「どれどれ…」
ミリアスはトールに近づき彼が持つパフレットを覗き込んだ。
パンフレットに掲載された地図によれば、アレド村の南西にあるレーゲは西に海を構えた港町のようだ。その海はレーゲの南西の陸地を丸く浸食し大きな湾を作り出している。トールの言ったとおり、その湾を挟み込む形で、レーゲのちょうど西の方向にドーナ王国の王都であるパルオンの名が掲載されている。
相当に大きな街なのだろう。地図には名以外にも各箇所を象徴する簡易な絵が記されているのだが、アレド村は小さな小屋、レーゲは少し大きな家とイカリのマークだけなのに対し、パルオンの絵は高い塔のような砦が3つと王国の国旗が記され、2つの町村に対する街の規模の差が伺えた。
パルオンの位置を確認したミリアスは、不意に、何となく自分へ向けられている視線を感じた。
ふっと横を見ると、自分より背の低いトールが彼女もとい、ちょうど彼の視線の高さにある彼女の豊満な胸に盗み見るような視線を投げかけていた。
「・・・」
「・・・」
ミリアスが見ていることを、トールは気が付いていない。
ミリアスの上半身は白い布で編まれた薄い服で、彼女の胸は臆すること無くその布を前方にピンと張っていた。下半身は同じく白い短めのプリーツスカートで、彼女の細く美しい足が露になっている。
(ちょっと若者には刺激的すぎたかな…)
24歳の彼女は、年甲斐のない中年女性のような思いを抱き、ボサボサだが痛み過ぎていない、艶のある黒のロングヘアーを生やした頭をポリポリと掻いた。
「・・・スケベ」
「えっ!? うぇあっ!?」
トールがミリアスの言葉に反応して胸元から視線を上げると、そこでミリアスと視線が合い、トールは顔を真っ赤にしながら慌てて意味不明な悲鳴をあげて後ずさった。
「トールってさ〜…意外とスケベだよね。」
「いや、その、あの・・・す、すす、すみません!」
(あ…認めた。まあ17歳ならそういう年頃か。)
ミリアスはあまりそう言うことを気にしないのだが、事実ここまでの旅路の中、胸や尻や足にトールの熱烈な視線を感じることが多かった。
「すみません! 本当にすみません!」
「プ・・・アハハハハ」
顔を真っ赤にして、あまりに必死に謝るトールを見てミリアスは思わず吹き出してしまった。
(そう言えば・・・こうやって笑うの久しぶりかも)
航海がちょうど中間地点に差し掛かった頃、必死に謝るトールとそれを見て笑うミリアスの側に、そっと人影が近づいて来た。
表現の誤り、誤字脱字等ありましたら
ご助言とあわせてご連絡いただけると幸いです。