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雨傘日々和(レイニーデイズ)  作者: Y氏
はるあめにちわ
11/12

↑自問無答&他問無答↓

「いやあああああ疲れたなあああーーっ!」

 時刻は六時過ぎ。一部暗みを帯びた空が、窓の外で一面に広がっている。夕日が見えないのは、そこが厚い雲に覆われているからだ。そのうち一雨降るのかもしれない。

 そんなことを志樹は窓を一瞥して考え、背伸びをする駆を眺めていた。

「ふうっ。なあ志樹、志望校のマーク終わったか?」

「いや、まだ。明日続きやるらしいし、別に明日にでもいいだろ」

「……えっ、明日もやんのか?」

「今日数学やってないだろ。予定確認したのか?」

「……うへえええええ」

 駆の呻き声が静かな教室に響く。生徒の総数がいつもより少ないせいか、駆の声に苦笑いを浮かべたり不快そうに顔を歪めたりする生徒はほとんどいなかった。

 そもそも志樹たちは、いつも授業が終わればすぐに標識アート部の部室へ向かっていた。それは部活動をするためでもあるのだが、教室で騒ぐと勉強をしている人の迷惑になる場合が多いため、三年生になってからは自重の意味を込めて教室から出ていっていたのだ。

「マジかよ……明日のオレはテストのことは気にしないスタイルでいこうと思ってたんだぜ……」

「要するに、いつも通りにやる、だな」

 志樹がそう言うと、先程までの青い顔は打って変わって笑顔になる。調子がいいといえばそれまでなのだが、切り替えが早いのは駆の良さでもあるのだ。

「まーな。一つのことでウジウジしてても仕方ねえし、嫌なことは忘れて次っつうスタイルだ」

 ――だからこそ、そんな性格が裏目に出て、駆はよく地雷を踏んでしまうのだが。

「お春嬢も、いつまでも突っ伏してねえで、切り替えていこーぜ」

 勿論、駆の言葉に悪意はない。むしろ朱音を励ましたいと思う気持ちから生じてきたものだろう。駆の言動にはやや雑な部分はあるが、誰も彼の行いが自分を陥れるためのものであるとは疑わないのだ。

 そのためなのかもしれない。

「うるさい」

 朱音のそんな冷たい一言で、駆がまさに凍り付いてしまったのは。

「あんたに私の何が分かるの?」

「えっ……と? 春谷……さん?」

 駆はなにもかも一瞬で察してしまったかのように戸惑う。表情を変えることさえ忘れたのか、先まで浮かんでいた笑みはただのぎこちないものに変わっているのみだ。

「私は……私なんか、どうせ……」

 朱音の様子が先日のものと大きく異なっていることは、誰が見ても瞭然(りょうぜん)としていた。突如として教室を流れる不穏な空気に、反応を示した生徒も多からずいるようだった。

「ああ……えと……。いや、正直よく分かんねえけどオレがなんかやっちまったんなら謝る。ごめんな」

 それでも朱音に反応はない。むすっとした様子で机に突っ伏したまま、顔すら見せようともしなかった。いつもは仲介役を買っていた駆も、お手上げだという様子で狼狽(うろた)えるのみである。

 一方、志樹は平然とした顔で朱音を見ていた。一見すれば傍観者を気取っているかのように見えることだろう。

 しかし、実際の志樹はあれこれと考えを巡らせていたのだ。余程のことがなければ、本当の気持ちを表には出さない内向的な彼に、誤解を抱く者が多いのも事実だろう。

 詰まる所、だ。

「――駆、気にするな。いつも通りだ」

 様々なことが重なって、今回は大きな出来事へと繋がった。

 それだけなのである。

「いや、気にするな、って……さすがにそりゃ……」

 駆の言葉とは関係ないように、朱音の視線がぐるりと志樹の方へと向いた。両腕と机により作られた仮設の暗闇から、二つの瞳が獣のそれのように()えてくる。

 実際に睨みつけられた志樹は、ただ唖然とするしかない。

 本来、強く振舞おうとしたはずの朱音。その顔に色濃く描かれた『彼女の弱さ』を、志樹は一筋の涙と共に目撃してしまったのだから。

「――――ッ‼」

 間もなく、瞬きをするように袖で涙を拭うと、朱音は席を立ちあがった。彼女が座っていた椅子が大きく揺れ、倒れかける。机の上に置いてあったマークシートは、あるべき場所を離れて大きく宙を舞った。

 そして。

「――あ」

 志樹の傍から傘が消えた。

 強く塗り潰された紙切れが床に落ちるまで、それがまるでタイムリミットのように、朱音は傘を片手に持ち、教室から飛び出ていく。その表情は見えない。もしかすると、彼女は誰にも見せないよう心がけていたのかもしれない。

 朱音の突然の行動に、誰も反応することが出来なかった。傍にいたものでさえも、朱音が教室を出終わるまで、口を大きく開けたまま佇んでいるばかりだったのだ。

「は、春谷ッ⁉」

 今無き背中に向けてそう叫んだのは駆だ。

 それに対して、志樹は何も言葉を発しない。

 手元から傘を失った彼は何も言わず、『既に』走り出していた。

 静まり返った教室。そこに響く唯一の声を背に、志樹は一目散に走り続ける。何故こんなにも早くスタートを切れたのか、志樹自身にも理由は分からない。

 辛うじて見える朱音の背中を、がむしゃらに追いかける志樹。突拍子もなく始まった徒競走の最中、彼は曲がり角で誰かとぶつかりかける。

 誰だと視線を向ければ、旭子がいた。彼女は何故か嬉しそうに笑っている。加えて、「旧校舎」などという言葉が聞こえた。

 結局のところ、そんな一瞬の出来事に対して、志樹が理解を得るのはしばらく後のことで、朱音と向き合うことを強いられるのは、ほんのすぐ後のことだった。


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