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千里眼の御子  作者: 貫雪
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「組長、なんで逃げるんです? 話を聞いて下さい」


 今だったら組長がどんなに女性に対して照れ屋で、女の子の私に戸惑っていたのかが良く分かるけれども、当時の私は組長の心情に気がつく余裕がなく、何より私自身が幼すぎた。

 組長の方にも余裕はなかった。私を育てるのが正しい事なのか、私にどう接し、応えていいのかが分からずにいたに違いなかった。


「逃げるわけじゃない。ただ、話す事もないだけだ。ここに置けない事に変わりはない」


 組長は仕方なさげに私に向き合った。でも、その目はガンとして譲らないものがあった。


「この間の事は私、反省してます。心配かけて悪い事をしたと思ってます。でも、私ここにどうしてもいたいんです。私、ここにきてから幸せだと思いました。初めはビックリしたし、緊張もしたけど、ここの人はみんな親切だし、優しいし、何より私を気味悪がらずに受け入れてくれる。女将さんだって、組長だって、本当に私が幸せになる事を望んでくれている。心を覗かなくても分かるんです。ここはあったかい場所だって」


 私はいっぺんにまくしたてた。少し息が切れるくらいだった。組長に口を挟まれずに言い切りたかったから。

 組長は少しあっけに取られていた。その目が意外そうに丸められていた。


「ここに来て、幸せだったと言うのか?」


「今だって幸せです。みんな、私を受け入れてくれるから。組長が私の幸せを考えてくれてるから」


「私は受け入れていない。君には別の生きる場所がある」


「でも、私の事をいつも心配してくれてる。もし、私が別のところに行っても気にかけてくれると思う。お父さんみたいに。そうでしょう?」


 組長は返事をしなかったが、否定もしなかった。


「ごめんなさい。私、どうしても組長をお父さんとは呼べないの。私のお父さんは一人だけ。でも、組長は私を幸せにしたいって言ってくれた。そう言ってくれたのは、お父さんと組長だけなの。もしかしたら私の本当のお父さんとお母さんもそう言ってくれていたのかもしれない。でも私、自分で聞いてないし。私、お父さんみたいに私を幸せにしたいって言ってくれる人のところで暮らしたい」



 組長は私が手首をつかんだ手を、じっと見ていた。私はこれだけが頼りとばかりに手首を握り締めていた。組長がその手にそっと、空いている方の自分の手を重ねた。


「きっと、本当の御両親も、そう言っただろう。それでも何か事情でお前の手を離さなければならなかった。亡くなった養父だってこの手を離したくはなかっただろうが、病魔には勝てなかった。私がこの手を振り払ったら、お前は三度もこの手を親から離されることになるのだな」


 組長は、深く、ゆっくりと息を吐いた。それはため息というより、まるで深呼吸のようだった。


「そんなことは二度も味わえば十分だろう。分かった。お前はウチの子だ。ここにいていい」


 私は驚いた。こんなにあっさりと組長が折れてくれるとは思わなかった。


「ホ……ホントに?」


「本当だ。それに、私を何と呼んでもかまわん。私もお前の父を名乗れるような人間ではない。少なくとも人様に堂々と言える稼業はしていない。だが、お前は私の娘も同然だ。妻もきっとそうだろう。私達は、お前の手を振り払ったりはしない」


「私、ここにいていいのね?」


「それがお前の養父との約束だ。それに何より私がお前にここにいてほしい。娘というのがこんなに可愛らしいものだとは思わなかった。幸せを、願わずにはいられないのだよ」


「おと……」


「その呼び名は無理に使わなくていい。大切な養父との思い出なのだろう? 大事に取っておきなさい」

 組長はそう言ってほほ笑んでくれた。


「ありがとうございます。組長。でも、私、組長をお父さんみたいに思ってます」


「ウチの妻は?」


「勿論、お母さんみたいに」


「それでいい。佳苗も喜ぶ」


 そう言って組長はほほ笑んだが、何かを思い出したかのように顔をゆがませた。


「すまないが、今だけこの手を離してもらえないか? 風呂の前に用を済まそうと思っていたところなんだ」


 私は慌てて手を離し、組長は急いでトイレに駆け込んだ。



 随分タイミングよく組長と鉢合わせをしたと思ったら、実は女将さんが組長が「用を足して風呂に入る」と言ったのを聞いて組長を引きとめ、私がトイレに行くように早めに知らせてくれたらしい。

 お互い顔も見ずにいる時間が長くなれば、余計な意地が邪魔をするだろうと女将さんが心配をしての事だったようだ。それにトイレの前じゃ、意地を張ってもカッコをつけてもサマになんかならない。つまり、私達は女将さんの思惑に、まんまと引っ掛かったのだ。


 私は「お父さん」の呼び名は、心の中に閉じ込めていたけれど、女将さんの事を時々小声で「お母さん」とこっそりと呼んでみたりしていた。組長の手前、人前では女将さんとしか呼べなかったけれど、 きっと女将さんは気がついていたと思う。だって、私が「お母さん」と呼んだあとは、とてもうれしそうな顔、していたから。


 ともあれ、こうして私は組長夫妻に、この真柴組で育ててもらうことになった。


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