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千里眼の御子  作者: 貫雪
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最終話です。

 式の数日後、私あての封筒が届いていた。パステルカラーの可愛らしいデザイン。だけど差出人の名前がない。ダイレクトメールかしら? 

 でも、その割には宛名の文字が随分と乱暴だわ。まるで急いで殴り書きしたみたい。

 用心してそっと手にする。この稼業、どこで逆恨みされて、変な手紙を寄こされるとも分からない。油断はできない。振動を加えないように、書かれた文字をよく見直してみる。

 郵便番号の数字に目をやった時、懐かしい記憶がよみがえった。



 この数字の書き方の癖。よく知ってる。これ、清美の字だわ。


 いまだに癖が抜けないのか、それとも慌てて書いたので昔の癖が出てしまったのか、とにかくこの手紙は清美がくれたものだわ。まさか今頃、彼女から手紙がもらえるなんて思わなかった。急いで封を開けると、可愛らしい便せんに、宛名よりもずっと丁寧な文字で、短い言葉が書かれていた。



『結婚、おめでとう。私の友人の中では、あなたが一番最後よ。本当にいつまでも心配させる人ね。私は今も、幸せに暮らしています。御子、あなたもずっと、幸せでいてね』



 一緒に写真が同封されている。どこかの観光地だろうか? 新緑の中、涼しげな滝の前で旦那さんと、子供たちに囲まれた、清美の笑顔が写っていた。幸せそうな笑顔。

 こんなに時が経っても、会う事も、話す事も出来なくなっても、気にかけてくれていたんだ。私が幸せでいる事を、願ってくれていたんだわ。


 ありがとう、清美。私は今、幸せです。

 お義父さんがいて、ハルオがいて、組のみんながいて、共に仕事をする仲間もいる。良平と一緒になる事が出来て、清美、あなたもいるわ。たとえ、言葉をかわす事は無くても、こうして気にかけてくれるあなたが。

 あなたも、幸せでいてね。返事は書けないけれど、私もあなたの事をいつも気にかけるわ。



 良平からもらった、お守り袋を取り出してみる。中から出て来る小さな塊を手のひらに乗せてみる。

 その塊は私の手のひらの上で、コロン、コロンと転がっている。

 これまでの長い時間を埋めてくれるような、しあわせの感触。それを手のひらで確かめる。



 清美、あなたがずっと幸せでいられますように。

 ずっと、ずっと……。



 私はこのお守りで、これからどんな幸せを手にする事が出来るのかしら?

 そんな事を考えながら、手の上の塊を転がし続けた。何度も、何度も。





 思い出に浸っているうちに、いつの間にかまた、ウトウトしていたらしい。真見の泣き始めようとする声で私は目が覚めた。

 そろそろお腹が空いたかな? 抱き上げて授乳の準備をすると、真見はせがむようにしがみついてくる。小さな手の力強さが愛しい。


「おっ? 目が覚めたのか? 昼時だぞ。みんなと飯、食うだろ?」

 良平がひょっこりと顔を出す。


「うん。真見のおっぱいが済んだらね。ミルクもたさないと、足りないかな?」


「食欲旺盛になったよなあ。そろそろ離乳食だろ? どんどん大きくなりそうだ」

 膝をついて真見の顔を覗き込む。


「そうね、体重も増えてるし。発育が良くて安心だわ」

 私はそう言ったが、良平は複雑そうだ。


「なあに? 嬉しくないの?」


「いや、嬉しいんだが。なんだかあっという間に大きくなって、俺達から離れちまいそうだ」


 本気で寂しそうな顔をする。でも、確かにこんな幸せな時間、あっという間なのかもしれない。

 私はお守りを引っ張り出して、小さな鉄塊を手のひらの上に乗せる。


「じゃ、あんまり急いで大人にならないように、願、かける?」

 少し笑って、良平の目を見た。


「うーん。それもまずいよなあ。御子みたいに意固地になられても気をもみそうだ」


「あら、意固地だったのはお互い様でしょ? 大丈夫。この子は素直に育てます」


 私は少し膨れっ面をして睨む。良平は軽く手を振ると、

「違う、違う。組長がいるだろう? 色々吹き込んで、真見の性格歪まされちゃかなわないと思ったんだ。なんせ、俺達二人の血を継いでる。間違いなく芯は頑固者になるぞ」


「女の子は芯が強い方がいいのよ。その方が懐の広い人を選ぶから」

 良平みたいな人をね。そんな視線を送ってみる。良平は照れたように笑う。


「でもやっぱり、寂しいなあ」


「まだまだ寂しがってる暇、ないわよ。ミルク、作らなくっちゃ」


「そうだな。まだまだ世話を焼かせてくれそうだ」

 そう言って良平も立ち上がる。



 台所からハルオと香が、声をそろえて「お昼ごはんでーす!」と叫ぶのが聞こえる。皆がガヤガヤし始めた。仮眠から目覚めた者や、昼食に帰って来た者が返事をしている。

 いい匂いが広がる。何だか幸せな匂い。出来たての料理の匂いに、赤ん坊の少し、甘いような匂いと、暖かな日差しの匂いが混じってる。


 ほら、と言って哺乳瓶を差し出す良平の顔が、幸福で眩しく見えた。

 受取るとき、微かに触れる指先から、幸せな想いが広がった。


 甘く、温かな想いが。


                                          完


完結です。ご愛読、ありがとうございました。

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