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報復はしない。でも、失った命の仇はとる。
元組員を手にかけたのは、麗愛会の中でも暴走的な行動に走った連中だと言う事が分かった。彼らが麗愛会を「こてつ組」に吸収譲渡をさせまいと、様々な手を打ってきた一連の流れで起こった出来事だった。
こうなったら街の治安の安定のためにも、元組員の無念を晴らすためにも、何としてでもこの譲渡は成功させなければならない。
彼らは間違いなく麗愛会の会長を狙ってくるだろう。どんなに他の手続が滞りなく行われようとも、会長の譲渡への署名、捺印がなければ、譲渡は成立しない。彼らは何としてでもこれを、阻止しようとするはずだ。
そこで私達は作戦を立てた。麗愛会の会長が安全に式典に出席できるよう、私達が護衛隊を装って他の場所におびき寄せようと言うのだ。
真柴の元組員だって、ただ、向こうにいるだけじゃない。上手くこっちに情報をもたらしてくれている。向こうは会長を護衛する私達もろとも連れ去って、仲間のいるところで乱闘になってでも始末をつけるつもりらしい。それを逆手にとってひっかけようと言う計画だ。
地味でそれほど行動的ではないウチを、周りの連中は舐めてかかっているようだけど、それだけにこういう時は、身動きがとりやすい。順当に行けば、上手くいくはず。
仕度の途中、ちょっと部屋から出たところで、良平に声をかけられた。
「渡しておきたいものが、あるんです」
「私に? なあに?」
「この間の、約束したものですよ」
この間の……。確かに良平の部屋からの帰り際、後で渡したい物があるって言われていた。
あの場では「今渡して」と言ったら、「少しだけ待ってほしい」と言われたんだっけ。
「これが、約束のものです」
そう言って、小さなお守り袋を手渡された。
「これ、私が育った神社のお守りじゃない」
少し小ぶりな女性向け。昔からあまり変わっていない、簡素なお守り。
「そうです。でも、渡したいのはこのお守りじゃない。中に入っているものです」
「中に入っているもの?」
そういえば何か、固いものが入っている手触りがする。
「この中には、俺の足を打った弾丸が入っています」
「え?」
この中に、良平から足を奪ったあの弾丸が入っているの?
「なんでそんなもの、私に? これさえなければ良平は、片足にならずに済んだのに」
「そんな事言わないでください。俺、この弾丸に感謝さえしてるんです。コイツは俺から足を奪った代わりに、素晴らしいものをたくさん与えてくれたんです。家族、生きる目標、希望、それに……」
良平が黙って私を見つめる。あの事がなければ、今の二人は無かったかもしれない。
「俺、たまにこの弾丸を手の上に乗せて、願掛けしていたんです。その都度自分が叶えたいと思った事を。あれから随分叶えてもらいました。結構効きますよ、これ」
そう言ってにっこりと笑い、お守りの中から小さな鉄の塊を私の手のひらに乗せる。
「あの日の事を俺は後悔していません。もし、もう一度あの時に戻ったとしても、同じ事をすると思います。足のある孤独な人生より、足を失っても大切な人を得る人生を選ぶ。あの時俺はどうにも真柴組を守りたかった。その瞬間真柴の組員達の思いが全てこの弾にこもっていたような気がした。それならこの足と引き換えに組を守ろうと覚悟を決めたんです。これには組員全部の思いがこもっていると思い、今までお守り代わりに身につけてきました。おかげで怪我ひとつしていません」
あの時、良平には組しかなかった。自分が倒れようとも、組を守ることが大切だったんだろう。
「だから御子の事も守ってもらえるんじゃないかと思って。そのままじゃあんまりなんで、少し待ってもらったんです。御子にゆかりのある神社のお守りなら、一層効果が高まるでしょう。今日はこれを持っていてくれませんか? 組員一同の願いだと思って」
「組員の願いって」
「御子が無事でいること、幸せになれること、みんな、いつだってそれを願っていました。知ってるでしょう? ここの連中のことは」
そうね。そうだった。ここのみんなはいつだって、私の事を見守ってくれていた。
「俺は今日、会長を送り届ける役目です。しばらく御子のそばにはいられない。なるべく急いで駆けつけますが、それまで油断はしないでください。このお守りにはみんなの願いがこもってるんです。それに俺の願いをかなえてくれた力も持ってる。これを持っていれば大丈夫です」
「随分自信があるのね」
「このお守りには助けられてきた実績がありますから。御子が無茶しないのが一番ですが」
以前はこんな風に言われたら、また半人前扱いにされたっていじけていたんだけどね。今はみんなの想いを素直に受け入れられる。もうこのお守りは効果を発揮しているみたい。
「ありがとう。受け取るわ」
私はお守りと、弾丸を握り締めた。
「譲渡式は必ず成功させるわ」
私、きっと半人前扱いされた事なんてなかったんだわ。それに気づかずにいただけ。でも今は気がついた。誰かの身を案じるって、あまりにも当たり前の事で、一人前も半人前もないのね。