45
あの日の心の、どこが本当の良平じゃないって? そりゃ、今度の件の悔しさ、日々の事や、多少の不安や自信のなさ、後悔とか色々あるけれど、その向こうの深いところには……。
あの、昔の良平のままの、綺麗な心があった。組への感謝、家族への感謝、義足の自分が受け入れられ続けている事への感謝が。
そして、心の隅々にまで私がいた。いい部分にも、ちょっとばかり悪い部分にも。心の奥まで、追いかけても、追いかけても、どこまでも私を愛しんでくれる、温かい想いがあった。
「待っててくれたんだ……」
思わず言葉になった。
「俺、組を守る意外、大したことできないから。いや、組だってみんなに助けられて守ってる。それならせめて、御子を待ちたかった。どんなに時間がかかってもいいから」
どんなに時間が。
私がいつになるか分からないって言ったから。私、近寄り難さもあって、あきらめかけた事もあったのに。良平だってあきらめかけたはずなのに。
それでも待っていてくれた。あの、綺麗な心のままで。
良平がちょっと不安げに私の目を覗き、「幻滅しなかったか?」と、聞いた。
思わず首を振って、
「そんなの、する訳ないわ。とっても嬉しい。……嬉しいんだけど」
「だけど?」
まあ、気にしなければいいんだろうけど。良平の方がよっぽど恥ずかしいんだろうけど。
「なんで、私、服着てない訳?」
頭の中の事だから仕方ないんだろうけど。やっぱり恥ずかしいんですが。
「あー、それは……。俺が男だからじゃないか?」
良平も赤面する。
そうなんでしょうね。そこにそれほどの意味は無いんでしょうね。これは気持ちのありようって言うより本能だろうし。いちいちがっかりしてたら、世の男性は全部撃沈だし。
「もうーっ、男ってどうしようもないわね。これじゃどんなに着飾ったって、意味ないじゃない」
恥ずかしさも混じって、ついつい文句が出る。
「いや、そんなことは無い! 自分のために綺麗でいてくれれば、やっぱり嬉しいぞ。そういう御子のイメージだってあるんだ。ただ」
「ただ?」
「今はやっと、気持ちが聞けたばかりだから、つい」
つい、何なのよ? そう聞こうとして口をつぐむ。それこそ、こんなこと言葉で聞く事じゃない。
少しの間が空いて、良平が私を感慨深げに見つめた。
「もう、随分長い事、待ったんだよな」
良平が少し恨めしそうに言った。そうよね。お互いこんなに待つとは思ってなかったし。今更仕方ないと何度もあきらめかけたし。
ちょっと変だけど、大変長らくお待たせいたしました。
「……待っててくれて、ありがとう」
これも変かな? でもそれしか思いつかない。
良平の手が伸びて来て、私の頬に触れようとして……、不意にその手をひっこめられる。やっぱり、言葉の選択、間違えたかしら?
「どうしたの?」
何か、突然躊躇したみたいなんだけど、言葉のせいだけじゃないみたい。
「いや。お前、たしか前に、急に近寄られるのダメだって」
憶えていてくれたんだ。私が苦手なこと。
「あの時はあんな強引なキス、したくせに。全然遠慮なんてなかったじゃない」
「あれは仕方なかったんだ。お前、かなり意固地になってたから。言葉じゃ聞く耳持たないし、優しくしたって伝わらなかっただろうし。こっちも必死だったんだ。そんなに慣れてなさそうだから、嫌われるのを承知で覚悟したんだぞ」
「嫌われたと思ったの?」
「それでもいいと思った。あんな卑屈さ、御子には似合わない」
「卑屈だったのはお互いさまみたいだけどね」
「でも、悪かったと思ってるよ。だから急な真似は嫌がられるかと……」
そっと、良平の手と手首を包み込むようにつかむ。
「急じゃないでしょ? ずっと待っててくれたんだから。それとも私が誰に近寄られても平気になるまで、また、待っててくれるの?」
私はクスクスと笑ってしまう。返事が分かっていたから。
「冗談じゃないぞ。もう、一秒だって待ってたまるか!」
良平が私を手ごと引き寄せて、そのまま胸の中に納めてしまう。
抱きしめられながら思う。待っていた時間の分、幸せも大きい……。
ううん、違うわ。待っている間だって、ずっと私達、幸せだったよね。長い時間の間、お互いが見つめ合っていられたんだから。
今までも幸せ。そしてこれからも幸せになれる。
仕込みが終わったのに部屋にも入れず、ハルオには、いい迷惑だったかもしれないけどね。