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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 この事態に組は大きく動揺した。組員達はいきり立ち、麗愛会憎しの感情が高まってしまう。

 私も悔しかった。確かに私の組んでいる相手には麗愛会の「礼似」がいる。でも、組織の中でも一匹オオカミ的な存在の彼女と、麗愛会の事を結びつける気持ちにはなれなかった。それよりも子供の頃から知っている、親しかった人を亡くした衝撃の方が強かった。

 組織の連携なんてどうでもいい。今までやってきた事を無にしたってかまわない。麗愛会に殴りこみをかけてでも、この悔しさを晴らしたい。私は激情に駆られてしまった。その時、


「御子、来なさい」

 と、組長に声をかけられる。


 この口調、子供の頃によく聞いたわ。お説教される時はいつもこの言葉から始まったっけ。

 ふと懐かしい想いに浸りながら、組長の自室に入る。でも、今は私も子供ではなく、ここでじっと見守ってくれた女将さんもいない。


 組長は私に組長の心を読むように言われた。私は組長はおろか、真柴の人間は良平以外、心を深く覗いたことは無い。昔、育てられていた神社で家族の心を覗いてしまって、そこにいられなくなった事に懲りているから。組長もそれは知っている。その私に組長の心を読めと?


「それはしたくありません」


 私は怖かった。心の底から。ここから離れたくない。何より、私が望まない感情を見つけてしまって、親も同様の組長を信頼できなくなったら、私、生きていけない。組長もそれは知っているはずなのに。


「昔とは逆だな」

 そう、組長はほほ笑む。


 そうだわ。子供の頃、ここで私は組長に喰ってかかった。なぜそこまで人の心を覗いてはいけないの? と。他人の心に脅えきってしまう前の幼さで。


「勇気を出しなさい」

 そう言って組長は私を促す。


 私、試されているんだ。人の心に脅え、萎縮するだけの自分から脱することが出来るかどうか。

 仕方がない。組長を信じよう。私は組長の心を読んだ。


 真柴の元組員達は噂された様な甘言にのせられて出たのではなかった。彼らは抗争に明け暮れる街の未来を憂い、良平の命懸けの交渉を成立させるため、甘言に乗せられた事にして麗愛会に与していったのだ。

 ひとたび麗愛会の中で何かが起これば、自分達の命が危ない事など、重々承知の上だった。

 おそらく殺された組員は死を覚悟して今度の同盟を守ろうとした。 私は確信した。彼らは報復など望んでいないと。

 そして組長は暗い怒りを感じながらも、自らの身を投じてまでも、組と、街を守ろうとした組員の心に感謝し、必ずその志を無駄にするまいと決心していた。


 私はその真実を、組長の想いとともに知った。そこには怒り、戸惑い、罪悪感だってあった。決して全てが良い感情だった訳じゃない。それを見せた組長にだって不快な思いはあった。それでも組長は自らの心をさらけ出して、私に人の心を信じる勇気を導いてくれた。

 組長はここまで私に愛情を注いでくれている。亡くなった女将さんだってそうだった。家族を失った私に、いつだって家族以上に愛してくれた。



『組長と女将さんがあんなに愛情込めて育てた結果がこれかよ!』


 以前良平がそう言って私を叱ったのを思い出す。その通りだ。組長は私をこんな意気地無しにするために育てたんじゃない。あの時良平の言った意味がようやく分かった。

 子供の頃、お父さんや組長に、むやみに『力』を使う事の危険性を教えられてきた。女将さんには人を愛せるようにと、愛情をこめて見守ってもらっていた。そして今は組長と良平に、『力』を恐れないで生きる事を教えられた。教えられた愛と勇気。私はそれに応えなくちゃいけない。


『言わなくても、心を覗かなくても分かるだろう?』


 私が覗いてしまう心より、誰かが私に伝えようとしてくれる想いの方が、ずっとずっと、大切な事。私は組にすがりつく事から離れて、それを実感出来るようになった。


『それでいいんだ。心なんか読まなくても、こうやって分かりあっていくものなんだ』


 心を読んだりしなくても、伝えられた想いを信じれば相手の心も信じられると分かった。『力』に脅えているのは私だけ。私に愛情や友情を示してくれた人は私の『力』を恐れたりしない。


『こんなに大切な気持ちを投げ出して、生きていけるはず無い』


 ああ、あの時良平は、どれほど多くの大切な事を教えてくれたか。私は愛される事を知っていた。そんな人間が人を愛さずに生きられるなんて、なんて驕った考えを持ったんだろう。そんなことできる訳ないんだ。こんなに大切な事を教えてくれる愛情を、投げ出して生きられるはずがない。

 これからだって不安はついて回るだろう。悔しい事や悲しい事も沢山あるかもしれない。

 それでももう、私は人を愛する事をあきらめようとは思わないはず。傷ついても人の心を受け止め、自分の心を受け止める事が出来るはず。この、誤魔化しのきかない『力』が、より多くの事を私に教えてくれるだろう。


 ようやく今、私は向き合える。自分の『力』にも、自分の想いにも、そして、良平にも。



 私は若い組員達に、『力』を使って共感しながら説得した。同じ心で分かち合えば、こちらの思いはきちんと伝わる。誰もが報復より、これからの街の未来を考える事に同意してくれた。

 多くの組員は私の話を聞いただけで納得してくれた。組長への信頼がある人には『力』なんて必要なかった。そう、心を覗かなくても人はこんなに分かりあえる。きっと、もっと時間をかければ、血気盛んな若い人たちも『力』を使わずに、分かってもらえたに違いない。

 

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