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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 こてつ組の「仕事」とは、平たく言えば「組長の妻の護衛」だった。


 しかしこの妻がタダ者じゃ無かった。たぶん本人はごく普通の人間だと思っているだろうけど。

 そして妻だけではない。この妻と組長が飼っている飼い犬も普通じゃ無かった。とにかくこの「奥様」と飼い犬、とんでもなく天然だ。いやそれだけなら誰にも迷惑はかからない。多少とぼけていても所詮女一人の護衛。本当なら三人がかりでするような仕事じゃない。

 でも、この妻の鈍さがまず、普通じゃない。自分の夫の稼業に全く気付いていないのだ。

 だから自分が人に狙われるなんて、かけらも思っていない。勿論夫のこてつ組長も彼女に自分の正体を知られないように全力を注いでいる。組長にとって、彼女はまさにウイークポイント。妻に正体が知られれば、組長はこの世の終わりの様に感じてしまいそうだ。


 この「奥様」も大人しくしている人ならいいのだが、困った事にこれが逆。一日たりとも家でジッとしていられる人ではないらしい。身近な友人は勿論、距離の離れた所にさえ犬好き仲間の友人関係を広げている。そして頻繁にその友人たちと交流を持っている。 

 今日は東へ明日は西へ。風の吹くまま気の向くままに、愛犬を連れてふらふらと出歩いてばかりいる。じゃあ、組長とうまくいっていないのかと言うと、そんなことは無い。特に夫である組長は妻にメロメロで、妻の身に何かあろうものなら、組もどうなるか分かったもんじゃなさそうだ。

 しかもこの「奥様」、どういう星の元に生まれているのか、実にいろんな事件を呼びよせる。

「こてつ組」絡みの事件に巻き込まれるのは当然だろうが、そんなの関係なく様々な出来事が彼女の周りでは起きる。いや、愛犬の方でも何かを常に引き寄せて来るのだ。

 空き巣、強盗、誘拐に放火。次々に起きる事件、事故。ついには落雷や竜巻、猛吹雪など、突発的な気象状態まで呼びよせる。ひと時もこのコンビから私達は目を離せない。雁首三人並べて振り回されっぱなしなのだ。



 振り回されるのは何もこのコンビだけではなかった。一緒に組んだ他の二人にも十分すぎるほど振り回される。

 華風組の「土間」は、性別を変えている以外は一見常識的に見えて、共に行動してみると結構常識を超えているし、麗愛会の「礼似」は、これはもう常識なんて遥か彼方にブっ飛んでいる。

 こんな非常識な二人とともに、『力』も使わず、異常なまでに天然で騒動事に縁のある「奥様」と「飼い犬」をこっそり守ろうと言うのだ。それはそれは苦労した。幾度となく対立もしたし、幾度となく本気で口論もした。

 それだけ三人とも真剣だった。うわべだけの関係なんて考えられなかった。必死だった。

 けれど、そんな風に共にする時間が増えるうちに、少しづつ、本当にゆっくりと少しづつ、私達は分かりあっていった。たぶん、今までに出会った誰よりも分かりあっているかもしれない。


 この二人に出会って、私は心からの信頼がどういうものかを知った。大体長年こんな稼業で生てきた上、この仕事で常に落ち着きのない日常を送る羽目になった私達の心の中は、とても安定なんてしていられなかった。気持ちはくるくると変わり、喜び、悲しみ、怒り、不安がいつともなく入れ替わる。こうなると、いつ疎まれるか、いつ裏切られるかなんて、いちいち気にしちゃいられない。その時はその時だとアバウトに割り切らないとやってられないのだ。

 この二人、性根は決して悪くない。良平の綺麗な心に似たような何かを、きっと心のどこかに持っている。幾度も命を預け合ううちに、『力』を使わなくてもそれが分かってきた。

 この二人が私を裏切るのなら、それはよほど、やむにやまれぬ事情があった時だろう。絶対に心の底の信頼は揺らいだりはしない。

 だって、私自身が二人を信頼している。だから二人が寄せてくれる心を信じる事が出来る。

 心の動きなんていくらでも変わる。いい方にも、悪い方にも。表面に見えるものに振り回されたって仕方がない。相手から伝わってしまう一時の感情より、伝えようとする想いの方がずっと大事なんだ。 良平が教えてくれた通りだわ。人に何かを伝えようとする想いは、何よりも貴い。



 ただ、この仕事、本当に気が抜けなかった。常に何かが起きて、常に何かに振り回されていた。それだけやりがいもあって充実はしていたが、その間に時が矢の様に過ぎていく。

 そうするうちに良平の事をそんなに気にする事が無くなった。意識していない訳じゃないけど、彼とはあまりにも「兄、妹」の様な時間を長く過ごし過ぎた気がする。照れの様な、慣れの様な、今更近づき難い様な、不思議な関係になってしまった。

 そして心の奥にやっぱり私には抑えきれない『力』がある事が引っ掛っている。友情には乗り越えられた事も、恋慕の情に通用するかは分からない。もしかしたら良平もそれが引っ掛っているのかもしれない。そうやって私達はいたずらに時を重ねてしまっていた。

 もう組長は私にその手の話はしない。組員達も私と良平の事は何も言わなくなった。みんな私は生涯一人身を通すものだとあきらめたらしい。実際私もそう思ったし、以前からみんなにもそう宣言していたのだから。



 ところが事態が急変した。今までこの仕事で真柴組が巻き込まれたことは無かったのだが、以前から二つの勢力に分離していた麗愛会が、会長の意向でこてつ組に吸収譲渡されることになった時、とうとう真柴も巻き込まれてしまった。麗愛会に昔引き抜かれた真柴組の元の組員が、麗愛会のいざこざに巻き込まれ、命を失ってしまったのだ。

 

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