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この仕事に携わるのは、私の他は二人の女性で決定した。最も、一人はもともと男性だった人って話だけど。
華風組から来る元男性の彼女(彼?)はすでに女性としての人生を十年以上すごしているそうで、子供の時は男女差なんてそんなに大きくは無いから、精神的には女性の時間が長い人と思ってよいと言う。それがいい方に転ぶか、悪い方に出るかはサイコロを振ってみないと分からない。
男時代から喧嘩が得意で、特に木刀使いにかけては相当な腕だと言う。幼い頃から、剣道を習い、男の時は真剣の使い手でもあったらしい。今では真剣こそ握らなくなったが、逆に木刀すら握らずとも売られた喧嘩に負けた事は無いんだそう。
もう一人、麗愛会から来る女性は詐欺が得意な人だそうだが、何でもあの、曲者ぞろいの麗愛会でさらに一匹オオカミ的な、より癖の強い人なんだそう。詐欺師だけあって当然嘘が得意だから、どこまでが本音で、どこまでが計算なのか分からない。おまけに人を寄せ付けないので、麗愛会でも厄介者と噂されているそうだ。
そんな人たちと『力』を使わずに、上手く仕事が出来るのか、不安はある。だけど出来ないとは思っていない。こっちが心をぶつけていけば、きっと何か反応があるはず。その時彼女たちが私に伝えようとする事を、私はただ、受け止めればいい。
私はその勇気を持つためにこの仕事を選んだ。これが出来なきゃ、私は何も始められない。
いつの間にか人の心が怖くなっていた。人を愛するどころか、愛そうとする自信さえ失っていた。このままじゃ誰にたいしても心の奥までは信じられずに生きる事になってしまう。 一時はいっそ一生孤独でいるのもかえって楽かも知れないとさえ思った。
でも、そんなことできないって事を良平は教えてくれた。他人と想いを結ぶ自信、愛する自信を持たないと、人って生きていけないんだ。どんなに傷つこうが、裏切られようが、そういう事を求めずにはいられないように出来ている。
裏切られる事よりも、最初から信じられない事の方が、人間は不幸なのかもしれない。
いよいよ顔合わせの日、緊張しながら出かけようとしていたら、珍しく良平に声をかけられた。
「見えてしまう事に惑わされないで下さい。相手が伝えようとする事を大事にすればいいんです。相手の言葉と、その向こう側にあるものを信じればいい。俺はここで、それを教わりました。御子さんにだって分かるはずです」
「大丈夫よ。私、誰の心も読まないから」
安心させようと笑顔でそう返したが、
「読まないからこそ、歪んで見えてしまうものがいっぱいあるんです。俺、世間はみんな俺に偏見持ってるって決めてかかってましたが、そんなことなかった。職場を追われる様に出た時はやっぱり世間はそうかと思ったが、ここから見ると違うと分かった。世間って奴は結構懐が広い。見えるものに振り回されないでください。そんなもの角度で変わる。大事なことは別にあります」
私はふと、思いついて言った。
「ね? いつか。本当にいつになるか分かんないけど、私、良平の心を見せてもらっていいかな?」
「何です? 別にいつでも見ればいいじゃないですか」
覗かれる不快感、良く知ってるくせに。まるで何でもないように言うのね。
「そうじゃなくって。私にとっては大事なことなの。いつか、私が良平の心を、全部見たいと思ったら、見ずにいられないと感じたら、その時は見せてくれる?」
良平は言った。私が心を覗かずにはいられなくなるのは、愛情の裏返しだと。じゃあ、その時は受け止めてくれるの?
「いつでもかまわないって言ってます。なんなら、今だってかまわない」
真面目な顔で返された。
「ううん。今はまだ無理。もしかしたらずっと無理かもしれない。それでも、そういう気持ちがいつか、持てたら。そのくらい、人を愛せるようになったら」
今、良平に甘えてしまっても、どこまで覚悟を持って向き合えるか自信が無い。良平は私を「普通の女」と言ってくれたけど、それを全部真に受けられるほど、私は強くない。私に本気で力を使われたら、誰も心を隠しようがない。隅々まで見渡せてしまう。その中で僅かな否定や、不信感、違和感や同情なんかを見てしまうと、私はそこにどうしようもなく不安を覚えてしまう。いつ、その感情が大きくなるかと脅えてしまう。
それはきっと私の中にも、そういう部分があるから。そこに目を瞑ったまま、うわべをごまかして生きてきた。人の心は合わせ鏡の様なもの。ごまかせば自分自身の愛情に自信が持てない。
ちゃんと、人と心を通わせる事が出来るようになったら。初めて私、良平と向き合える気がする。たとえどんなに心が見えてしまっても、揺れることなく真っ直ぐ想いを寄せる事が出来るだろう。
今は良平に本気で向き合うには早すぎる。時間だけはだらだらと過ごしたけど、私は自分にそういう心を育てていなかった。だから今、やるんだ。
良平の気持ちが分かっていても、待っていてもらうことはできない。突っぱねる理由もないけど、まだ受け入れる勇気もないから。
それでたとえ良平が待てなかったとしても、これは私がやらなきゃいけない事なんだ。
私自身が、生きていくために。