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「待って下さい。だって私、まだほとんど子供みたいだし、色気もないし、心は読めても嘘つくの下手だし、男の人ひっかける方法なんて知らないし。たぶん、なんの役にも立ちませんよ?」
私は慌ててそう言った。はっきり言ってこういうところで女の子が出来る事ってそれしかなさそうだけど、私、全くの未経験者だ。まだ、「大人の女の子」になったばかりだし、出来れば他を当たってもらいたい。
すると二人は顔を見合わせて、唖然とした。
「ほら、だから言ったのに。ウチの玄関使わずに組の事務所から入ってきたりするから。御子ちゃん、すっかり脅えているじゃないの」
女将さんが組長に文句を言っているようだ。
「その方が誤解なく、組の連中にも紹介できると思ったのだ。早く顔も覚えていいと思ったのだが」
「それで御子ちゃんが脅えて、変な勘違いしたら意味がないじゃありませんか」
組長はううむ、と一声あげると私に向き直った。
「怖がらせてすまなかった。言い直そう。御子ちゃん、籍こそ入れはしないが、君、私達の娘としてここで暮らしてはくれないか?」
「むす……め、ですか?」
「そうだ。私は君のお父さんのように立派な人間ではない。ここも人生にはぐれてしまったあぶれ者達の寄り集まりだ。そんなところだが、ここの連中は見かけと違って心優しい者ばかりだ。私達は恩人の娘である君を、ただ、幸せにしたいだけなのだ」
ただ、幸せに。ああ、久しぶりに聞いた。この言葉。
昔、成長を見てもらうんだと言って、私がいた乳児院にお父さんに連れていかれて、帰るときにはいつも院長先生が、「ただ、幸せになってね」と、言ってくれたっけ。
お父さんも言ってくれた。「幸せに育てたい」って。こういう言葉って、真っ直ぐに伝わってくる。
ここは確かに普通のところじゃないかもしれない。ここで暮らせばいろんな事があるだろうし、今以上に白い目で見られるようになるのかもしれない。
それでも何だか、ここは悪いところじゃないような気がする。少なくともこの組長が言っている言葉は嘘じゃなさそう。言葉が違っていたとしても、私を思ってくれる想いは本物だ。
だったら、いっそ思い切ってここで暮らしてもいいかもしれない。お父さんがそこまで信頼した人達なら、私、本当に幸せになれるかもしれない。
「分かりました。私、ここで暮らします」
私がそういうと、組長と女将さんは顔を見合わせて、にっこりとほほ笑んだ。
「でも、私の部屋に、鍵は付けて下さいね?」
念のために後で、脱出方法も確認しておこう。
そんな訳で私は真柴組で暮らす事になってしまった。勿論、鍵と脱出ルートも確認して。
組長の言っていた通り、ここの組員達は私に優しく接してくれる人ばかりだった。
私は養父の息子家族で懲りたので組長は勿論、組員達の心を読もうなんて露ほどにも思わなかった。
場所が場所だからすぐに気を許すことはできなかったけど、少なくともここでの暮らしは神社で息子家族との暮らしよりはずっと快適だった。
彼らは私を組長夫妻の娘同然に扱ったので、私は完全にここでは「お嬢様扱い」になってしまう。
どう考えても私の柄に合わない扱いで、娘……下手すれば孫のような私にきっちり頭を下げ、丁寧な挨拶をしてくれる。申し訳なくてこっちの方が慌てて深く頭を下げ直してしまう。
神社にいた時はむしろこっちの方が「寄付」だの、「祭典費」だの、「奉納」だのと、人様に頼る事がたくさんあるので、いつでも心をこめて頭を下げるように気をつけていた。それがこうも気を使われるようになっては、ちょっと落ち着かない。
学校へ行こうとするたびに「いってらっしゃい、お気をつけて」なんて言われると背中がムズムズする。みんな顔は強面だけど気は優しくて、見慣れぬ女の子の存在に、緊張しているみたいだった。
私は組長の事はそのまま「組長」と呼ぶ事にした。急に「お父さん」とも呼びにくいし、養父だった「お父さん」意外の人を、そう呼ぶのにもためらいがある。
それにホントにここで暮らし続けるのかも分からない。部屋に入ると鍵は必ずかけるようにしているし、いざって時は逃げられるように荷物もまとめてある。市役所の福祉課の内線電話番号も調べておいた。あと頼れるのは警察……こういう所相手に頼れるかな? そして学校くらいか。まじめに通わなくちゃ。
父親代わりの人を「組長」と呼んでいるのだから、その奥さんを「お母さん」とは呼べない。みんなと同じように「女将さん」と呼ばせてもらう事にする。
女将さんはとても優しい人で、私にもとても気を使ってくれる。ううん、私だけじゃなく、誰にでもいつも気を使って、自分の事は後回しにしちゃう人。なんだか申し訳なくなっちゃうくらいで、誰もが女将さんを大事にしたいと思っている。
組長は私に事務所には無断で近づいてはいけないって言うから、私はここがどんな事をしているのか、本当のところはよく分からない。だから気を許せないんだけど、そういう仕事だけじゃく、女将さんにはいろんな雑用が沢山ある。
一緒に暮らす組員達の食事の世話や、各部屋の掃除、洗濯。これだけだってまるで寮か何かのように大量にこなさなければならない。
しかもみんな時間がマチマチで、朝早くから食材を仕入れに行く人、お店の手伝いに行く人、深夜、見回りをする人など、何だか真面目に汗をかいて働いているので女将さんも大変だ。
思わず私も手伝わずにはいられない。なんかここ、職業、間違えてるんじゃない?