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外に出て、組員達の変な圧力から逃れると私はホッとした。それは良平も同じようで私達は久しぶりに仕事以外の話をかわす事が出来た。亡くなった女将さんや孝之さんの思い出話。ハルオの成長とこれからの事。そして、組長の事。
「組長も女将さんを亡くした直後はどっと老けたように思えて心配したが、こてつ組の跡取り問題のおかげで、すっかり元気を取り戻せたようです」
女将さんが亡くなって組長に気を使うのか、良平は私に再び敬語を使うようになっていた。私は使わないけど。
「ホント。組長は誰かの世話を焼いていないとダメな人なのね。こてつ組には申し訳ないけど、組長のためには助かったわ」
「御子さんも悪い。見合いはしないなんて言って、組長をがっかりさせるから」
『さん』づけで呼ばれては背中がムズムズするが、言っても直しはしないだろう。
「だって私、結婚する気、ないもん。独身でいちゃいけないなんてこと、ないんだし」
「そりゃそうですが。でも最近、ムキになってませんか? 組の事ばかりに目が行っているから、みんな余計に心配して俺達に変な圧力掛けるんです。自分で外に目を向けなきゃダメですよ」
「ゴメン、巻き込んじゃって。私良平とだけはダメなの。でも、他の人とも結婚しない」
「別に結婚しろとは言いません。御子さんが自由な生き方望むんなら、それもいいと思う。だが、もっと視野を広げないと人間関係が広がらない。御子さんは堅気の友人とも離れたし、女将さんや孝之さんも居なくなった。年老いた組員も足を洗い始めている。このままじゃ孤独になる一方だ」
心配そうな視線が痛いが、何とも返事のしようもない。つい、うつむいて黙り込む。
「……それとも本当は、俺の知らない訳ありの相手でもいるんですか?」
訳あり。そういう勘ぐり方をされるとは思っていなくて、私は驚いた。
「まさか。私、普通の人間じゃないもの。人の心を覗ける女なんて誰の相手にもなれないわ」
私がそう言った途端に、良平の足が止まった。
「結婚したくないって、それが理由ですか? 結婚どころか、人に好かれよう、愛されようって気も、ないんですか?」
ひどく怒った声をしている。
「そうよ。私、自分の好きになった人の心を、一生覗かずにいる自信、ないもの」
私は足を止めることなく、そう言った。視線の先には公園が見えた。私はそのまま公園の中に入って行く。良平が後をついてきた。
いい機会だわ、良平になら理解できるはず。私がどういう能力を持った人間なのかを。
「この公園、覚えてるわよね?」
ここはあの、私が良平と彼の昔の彼女が口論をしている所に、出くわしてしまった場所だ。
当時を思い出したのか、良平は少し苦痛そうな顔をして、黙ってうなずいた。
「あの時良平、私が良平と彼女さんの心を覗いたんじゃないかって、疑ったでしょ? 相当不愉快で、怖かったんじゃないの? 私の事、物凄い目で睨んだもの」
「……ああ、そうだった」
良平から敬語が取れた。口調が変わっている。
「あの時は良平の勘違いだった。私、良平は組員で大事な家族だから、絶対無断で心を読んだりしないって決めてるの。でも、自分が恋愛感情持った相手に、その我慢はきっと出来ないわ。自分の好きな人にあんな不快な思いをさせてしまうのよ。普通とは違うの」
良平は驚きながらも戸惑いの表情を見せた。心の安全を失う恐怖を思い出したのだろう。
「もしかしたら私と深くかかわる人は、友人でさえああいう思いを味わう恐怖と隣り合わせになるかもしれないの。分かる? 綺麗事じゃないの。私は他人と深入りできる人間じゃないのよ。」
良平はうめくような声で私に聞く。
「お前、組長に俺の事を断ったのも、それが理由か」
「うん」
「他人に愛されるどころか、愛する気もないのか?」
「うん」
「これから誰も愛さないで生きていく気か?」
「……そう」
「この先、愛も、友情もないまま生きる気か?」
「そうよ」
「そんな孤独……本気で一生耐えられると思ってんのか?」
良平に怒りの表情が現れた。
「私は生まれた時から一生孤独よ。こんな普通じゃない『力』持ってる人、他に居ないんだから」
良平が怒りのあまり息を飲む。場の空気がいっぺんに変わった。
「いい加減にしろ! 組長と女将さんがあんなに愛情込めて育てた結果がこれかよ!」
怒鳴りながら勢いよく近寄ってきた。私は逃げ腰で後ずさる。ここまで良平が怒りを表すとは思わなかった。やっぱりつらい過去の傷に触れたせいだろう。
「私、急に人に近寄られるの、ダメなんだけど」
そういいながら、視線に脅えてしまう。何だか怖い。
「そんなの良く知ってる」
良平は容赦なく私の肩をつかむ。あの日、彼女の肩をつかんだ良平を思い出す。
「離してよ」
良平をこんなに怖く感じたのは初めて。心の何かが崩れそうで怖い。
「駄目だ。綺麗事じゃないんだろう?」
良平の目が、怒りよりも悲しみが強い事に気づいてしまう。
「お前、俺には『力』を使えないんだよな」
そう言った良平の顔が近付いて来て、唇が重なった。