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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 組長とそんな話をした直後、孝之さんが急死した。年が目立ってきたなと思ってはいたけれど、ちょっとした体調不良が原因で、あっという間に高熱を出し、一気に衰弱してしまった。

 病院に連れて行ったら肺炎を起こしていると言われ、即入院。組長にお礼を何度も言って、


「先に、女将さんに会いに行きます。組長の御親切なお心を、伝えておきます」


 そんな言葉を最後に意識を失い、そのまま帰らぬ人になってしまった。



 私は女将さんに続いて長く見守ってくれた人を失ってしまった。喧嘩沙汰や出入りで殺された訳ではないのだから、穏やかに生涯を閉じてもらったと思えばいいのだろうけれど、ここに来てから私の世話をずっと見ていてくれた二人を失ったのは寂しかった。特に孝之さんは私の能力が自己防衛に使える事を良平と共に認めてくれた人だった。

 良平のように積極的に力を使う事を手伝ったわけじゃないけれど、孝之さんがいなければ良平も私の力を認めてくれたかどうかわからない。私が組を守れる自信をつける事が出来たのは孝之さんのおかげだった。そんな人がいなくなってしまうと、深い虚無感に襲われてしまう。

 私はつい、思い出に浸りがちになってしまった。清美のこと、女将さんのこと、孝之さんのこと。

 しっかりしなくちゃ。私も組長を支えて、ハルオを見守って、良平の手助けが出来る事を証明しなくっちゃ。このままじゃ本当に不本意にここを追い出されてしまう。

 私は躍起になって家事や組の仕事に没頭した。そうすれば女将さんや孝之さんを失った寂しさを紛らわす事が出来た。


 女将さんがいなくなって、一層しっかりしてきたハルオは、組の雑用や家事も頻繁に手伝ってくれるようになった。

 ハルオはさらに組員から木刀の扱い方を教わろうとねだったが、刃物どころかこういう物もハルオには負担になるらしく、脅えが先立って上手くいかないので、私が護身術を教えるようになった。

 これ以上ハルオにコンプレックスを増やしたくなかったし、組から出ないと宣言し、結婚話に見向きもしなかった私に、今度は組長ではなく、周りのみんなが良平を意識させようとしていたので、そこからも逃れたかった。



 ちょうどその時、あの「こてつ組」の組長夫妻が不慮の事故で亡くなってしまった。本当に事故だったのか、巨大な組織の中で内部抗争が起きて陰謀が張られていたのかは外の私達には分からなかったが、当然、こてつ組では次の組長をどうするかが取りざたされた。

 こてつ組の組長には一人息子がいた。そして、信頼を寄せる幹部もいたようだ。

 このどちらかが組を継ぐのが一番順当で、組織に波風が立たないと見られていた。しかしその幹部は高齢で、組を継いでも場つなぎ的な役割に終わるだろうと誰もが考えたようだ。この場を凌いでも次の組長狙いで様々な動きが活発化することは間違いない。

 では、一人息子の方はどうかと言うと、生まれた時から組を継がせるものと考えて両親が育てて来たのがかえって災いしたのか、決められた人生に息子は反発し、父親の組長とは上手くいっていなかった。


 こてつ組の組長とウチの組長はそれなりに懇意にしていた仲で、この息子の事も良く、相談されていたらしい。ウチのような小さな組が周りに舐められなかったのは、組長のこういう人柄による、人脈の力もあったのだ。

 ともあれ、ウチの組長はこの息子の面倒を何かと見る事が多かった。親以上に息子の方と気があったようで、息子の気持ちを理解し、変に曲がったりしないようにと親に代わって進学先の相談に乗り、就職先を紹介し、一人暮らしの準備を整えたらしい。

 そのうち息子は職場の女性と家庭を持ち、仕事でも充実期に入って出世もし、堅気として安定した生活を築いていた。


 こうして小さな幸せを手に入れた息子に、「親が亡くなったから組を継いでくれ」と言っても難しいのは目に見えていた。もともとが組を継ぐことに反発して、堅気の世界に行った人だ。

 それでも組長は彼の元に説得に行った。彼が組を継がなければ、どんな内部抗争が起きるか分からないと言う事、ただでさえ外部の勢力に対抗しようと街の組が、一体となって協力しようとしている矢先であると言う事、国外や、周辺地域の勢力が比較的景気のいいこの街を狙っていて、今、こてつ組が崩壊すれば街の治安に深刻な影を落とす事などを、懸命に訴えた。

 すると意外にも息子は組を継ぐ事を承諾した。こてつ組の組長はこの街への愛情の濃い人だったようだが、この息子もその想いを受け継いでいた。父親が決して小さくは無いこの街の裏社会の自衛にどれほど必死だったのか、実は良く知っていたらしい。父親を理解していながらそれを言葉に表す事もなく死に別れてしまった事を無念に思い、罪滅ぼしの気持ちも込めて、組を継ぐ気になったのだと言う。

 そこでうちの組長は積極的にこの息子を支える事にした。彼の父親に代わり、父親が信頼していた幹部とともに、彼を立派なこてつ組の組長に育てる事を決心した。



 組長はすっかり忙しくなり、組の事は殆んど良平に任せていた。そんな良平の手助けを、何かとみんなは私に押し付けてきた。注がれる視線に、変なプレッシャーを感じる。

 私はシマの見回りに、良平と組むようにとみんなに言われた。

 と、いうか、良平以外の人に皆、断られてしまった。みんなで私達が一緒にいる時間を増やそうと画策したのは見え見えだったが、これを断れば組の中で二人きりにされることだろう。

 どっちにしたって逃げ場は無い。仕事を出来る方を優先して、私は良平と組む事を承諾した。


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