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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 これで良平とハルオは、戸籍の上でも兄弟となった。今までだって私達は家族として暮らしてきたが、その中で私だけが中途半端な立場のままだった。

 私はこの際、自分も組長の養女にしてほしいと願い出た。しかし組長は許してくれない。


「女は堅気と結婚する事もある。せっかく足を洗っても、真柴の苗字では都合の悪い事が起こるかもしれない。お前をわしの籍に入れる訳にはいかない」

 と言って譲らないのだ。


 これが厄介なきっかけになった。組長が私を堅気の嫁にしたいと、また、考え始めたのだ。



 前に組長が私に見合いをさせようともくろんだ時、私はまだ十代だった。誰もが私の意思を無視して若すぎる結婚を急がせようとする組長にあきれ、私の味方をしてくれた。

 でも今度はそうはいかない。そろそろ相応の年齢になった私をこのまま組に縛っていていいのかと、誰もが戸惑っているのが分かる。私が足を洗うにはおそらくこれが最後のチャンスだろうと考えているのが、力に頼らずともすぐに分かった。

 組長があちこちに話のあてを頼りだした。今度は近くがいいだの、自分の知り合いがいいだのという条件にこだわることは無いらしく、組員達も巻き込んで良い話は無いかと積極的に聞いて回っているらしい。相当本気なんだろう。


 そして私自身も今度は迷いがあった。私はこのままここに居ていいんだろうか? もう、女将さんもいない。女の私は何かとかばわれてしまう。みんな子供の頃から知っている私をいつまでも半人前に見ている。このままじゃいつまで経ってもみんなに守られる存在から脱する事が出来ない。

 それを悔しく思っていながら、私はどうしてこの稼業にこだわるんだろう? 勿論、真柴にいたいからだ。ここは私の故郷で、家で、かけがえのない場所だから。

 じゃあ、どうしてそう思うんだろう? 堅気の世界にも友情はあった。店の人たちも親切だった。お父さんとの思い出もある。他の世界へ踏み出してもいいのに、それでも私は真柴に居たい。

 ここには女将さんの思い出が詰まってる。組長と懸命に分かりあおうとした日々も積み重なっている。初めてたくさんの人たちが私を受け入れてくれた場所でもあった。ハルオの事も女将さんに代わって見守ってやりたい。




 そして、良平もいる。


 私の大好きな組のために、身体を張って組を守り、足を失っても組を継ぐことを厭わない人。失った足に苦しみながらも、臆することなくまた、身体を張って組を守り続けてくれる人。

 そして本当に、真っ直ぐに人の善意を受け入れられる人。


 自分を深く省みて、驚いた。心を占める良平の存在が大きい。




 私は自分の親しい人の心の底は、決して覗かないと思っていたのに、良平だけは全力で受け止めた事があった。あの時は良平が足を失ったばかりで、きっと、恐ろしいほどの絶望にさいなまれていると思い、覚悟をして彼の心を受け止めたんだっけ。

 でも、そこに絶望は無かった。恨みも、苦悩も、未来への不安さえ、無かった。

 あったのは、ただ、感謝の心だけ。組を継ぐと言う希望を与えられた事への感謝、私達と家族になる事が出来る事への感謝、自分に愛が向けられている事への感謝だけだった。

 あんな綺麗な気持ち、私は味わった事が無かった。良平はそれを持っている。私はそれをあの瞬間共有できた。私の心では決して味わえなかった気持ちを。

 良平が彼女に口づけている所に居あわせてしまった時、どうしようもなくあの場から逃げたくなった。じっとしてなんかいられなかった。あの時は罪悪感からだと思ったけど、今思えば彼の中にある心の綺麗さに、私はすでに心のどこかで惹かれ始めていたのかもしれない。


 それに良平は私をただ、妹の様に可愛がったわけじゃ無かった。私が組の役に立ちたがっていることを認め、私の稽古に付き合い、何より私のこの能力を認めてくれた。

 真柴の人たちは私の能力を気味悪がらずにいてくれた。むしろ、気に留めずにいてくれたと言った方がいい。でも、良平は私の持っている能力を認めてくれた。

 私の『力』が身を守ることを理解し、『力』を使う事を手伝ってくれた。目を合わせなくなっても、口もきけなくなっても、いつでも私を認めてくれていた。私は良平に見守られながら生きて来た。

 私も良平を見守ってきた。彼が悩めば我が事のように胸が痛んだし、自分が彼を苦しめる「かせ」になんかなりたくなかった。私達は長い間、そうやって生きて来てしまった。もう、良平は私の心の中に住みついてしまっている。

 だから私、ここを離れられないんだ。組からも、良平からも、離れられない。



 良平の事で甘い感情は無い。そういう事に溺れるには、私の持つ『力』は残酷すぎた。だから私は良平を遠ざけたのかもしれない。組長との『二十歳の約束』なんて、本当は大したことじゃない。私は怖かった。良平の心が少しでも見えてしまう事が。

 良平は私が組から離れる事を望んでいた。でも良平自身から離れる事を望んでいるのかどうかは分からない。その質問の答えを私は聞きそびれてしまっている。

 そして、その答えを今となっては聞きたくない自分がいた。心を見てしまうのも嫌だ。

 以前に見た、彼の綺麗な心。あれ以外のものは見たくない。あれだけを自分の心に焼きつけておきたい。私にはその気持ちが強すぎる。良平がわずかにでも私を疎んでいる気持ちなんて見たくない。もう、私は真っ直ぐに良平の心を見つめることはできない。

 

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