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千里眼の御子  作者: 貫雪
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「どういう事よ? 何がいいたいの?」


「お前は人の心に共感できる分、同情心も強いんだ。それなのに俺の心配ばかりしていたら、俺に関心があると思い込みかねない。組長が俺をお前に近づけたがらないのはそれがあるからだ。お互いが誤解しかねないんだよ」


「誤解なんか、してないわよ。良平って、いつからそんなにうぬぼれ屋になったのかしら?」


 私はそう言った。組長とかわした『二十歳の約束』が頭をかすめる。


「今はしなくても、いつか、するかもしれない。特に俺は自分でも脆いところがあると思う。さっきはどうしようもなくつらかったし、悔しかった。お前があんなことされるのを二度と見たくない。お前もこれまでにないくらい動揺してたし、こういう事を繰り返していたら、本当にお互い誤解を起こしかねないじゃないか」


 繰り返される「誤解」という単語がいやに耳触りだ。


「そんなこと関係ないわ。私は真柴に育ててもらったの。私、ここが故郷で、大切な家なのよ」


「いい加減、親離れしろよ。いつまで居心地のいい巣の中にいるつもりだ。もう、お前だって子供じゃないんだぞ」


 痛い所を突かれた。そう、私ももう、子供じゃない。いつまでも組長や女将さんの手の中にいられるわけじゃない。でも、


「私の居場所を、良平に決められたくなんかないわ。私は今、真柴にいたいの」


 私がここにいたいのは私の意思。良平を巻き込んじゃいけない。それが二十歳で組長とかわした私の決意だ。今、私は自分自身にそれを誓い直す。真柴は居心地のいい巣ってだけの場所じゃない。私が生き続けるために必要な場所だ。私が守るべき場所だ。どんなに良平が私を追い出したがっても、厄介がっても、これだけは譲れない。


「もう、良平との稽古はやめるわ。妹扱いも要らない。一組員として、きちんと私を認めてくれればいいの。喧嘩の助っ人も二人で行くのはやめる。それならいいでしょう?」


 文句は言わせない。そんな思いを込めて良平を見る。良平はあきらめ顔になった。



「二人とも来なさい、佳苗の意識が回復したそうだ。もう、大丈夫だろう」


 組長が病室から出て来て、声をかけてくれた。ハルオが私の足元に来て服の裾を引っ張る。二人とも安堵した表情だ。緊張から解放されて、空気が柔らんでいた。


「女将さんがこんな状態で、ハルオもまだ小さい。華風さんもいろいろ事情がありそうだし、こんな中で私、どこにも行けやしないわよ」


 病室に入る直前、私は良平にそう言った。



 翌日、私に電話がかかってきた。誰だろうと取ってみると懐かしい声が受話器から響いた。


「御子? 私、清美よ。分かる?」


 そんなの分かるに決まってる。卒業した頃の弾むような話し方は少し、抑えられてはいるけれど、この声はまぎれもなく清美の声だ。


「懐かしいわ。どうしたの? 突然?」

 そういうと、清美の方が電話口で「もうっ」とつぶやく。


「どうしたのじゃないわよ。御子の家の近くで、若い女性が喧嘩騒ぎを起こしたって聞いて、御子の家に電話をしたら、お母さん代わりの人が倒れて入院したって言うじゃない。御子、大変な思いをしてるんじゃないかと思ったのよ。何よ、心配かけて。大丈夫なの?」


 清美の言葉に、ワッと心に温かさが広がる。私に電話をするなんて、彼女にはどんなに勇気が必要だったことだろう?


「何だか、今、大丈夫になった。清美の声、聞けたから」

 私はホッとしてそう言った。


「ふうん。電話して良かったみたいね」

 清美がからかうように言うのも、心が落ち着く。


「ありがとう、元気が出たわ。でも、女将さんが良くないのは確かなの。本当につらくなったらちゃんとこっちから電話するわ。無理、しないで」

 私は感謝をこめてそう言った。



 そして私は本当に身動きが取れなくなった。女将さんの病状は深刻で、余命がそう、長くは無い事を組長から苦しげに告げられた。

 そんなこと、何十年も先の話だと思っていたのに。私にとっては、たった一人の母なのに。まだなんの親孝行も出来てない。後悔と懺悔が心にあふれる。

 入院していた方が治療しやすいと思うのだが、女将さんは組に戻りたがった。どんなに騒々しくても、次々と不安や心配事が舞い込んできても、組は女将さんにとっての家。私はその気持ちが痛いほど分かったので、女将さんと一緒になって組長やみんなを説得した。組長は時間のある限り、女将さんと自室で過ごすようになった。ハルオも外に遊びに行くことなく、女将さんにまとわりついている。私達は出来るだけ三人が、普通の家族らしく暮らせる時間が持てるようにと気を使った。

 私と良平も無駄に意識し合う事は無くなった。普通に会話もできるし、家族として暮らす事も出来る。良平にとって私は厄介者かもしれないけど、お互いに女将さんに穏やかに過ごしてほしい気持ちの方が上回っていたから。



 あの騒動以来、組や私達に喧嘩を吹っかけられることは幸いにも無くなった。心を閉じる事が出来る男でさえ、私の千里眼にはかなわなかった事が、パッと噂になって流れたらしい。ちょうど大きな組織「こてつ組」の力が強まっていた時でもあり、周りの組や組織は大きな出来事を嫌い、なりを潜めていた時期でもあった。

 おかげで女将さんに必要以上の心配をかけずに済んで、私達は大いに助かった。女将さんは体調を見ながら入退院を繰り返していたが、ハルオの喧嘩癖もおさまり、穏やかな日々を過ごす事が出来た。


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