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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 私は全神経を瞳に集中して男を睨んだ。

 男の顔に恐怖が走った。私を振り落とすように手を離す。私は床にたたきつけられてしまう。

 それとほとんど同時に良平がもう一方の男のナイフを弾き飛ばした。男がひるんだ隙に真っ直ぐ私をふりほどいた男に飛びかかって、首筋にドスをあてがった。


「失せろ」

 良平は一言そう言ったが、男はすっかり戦意喪失していた。


「くそっ。帰るぞ」


 ナイフの男がそう言うと、もう一人も青い顔で良平から逃れ、二人は脱兎のごとく逃げ出した。



 私はすぐには動けなかった。首を絞められたせいもあったが、実は相手の動きが読めるので私は簡単に人に近寄られたり、触られると言う事が無い。だから今の事態にこれまでにない恐怖を味わった。全身に嫌な汗をかき、鳥肌が立った事が自分でも分かった。


「大丈夫か?」


 良平にそう聞かれて、私は心から安堵していた。本当はすがりつきたいくらい怖かったし、すぐに感謝の言葉が言いたいくらいだったのに、


「なんで逃げなかったのよ! 指、斬り落とされたらどうする気だったの?」


 と、本心とは真逆の言葉が出てしまうのだから、分からない。


「俺が、こんな時にお前を置いて逃げるような男だと思ってんのか?」

 良平がむっとして言い返す。


「こういう事に男も女もないわよ。言ったじゃない。私はかばう気も、かばわれる気もないって。足が無い上にドスまで握れなくなったら、どうする気だったのよ」


 ダメだ。恐怖が安心に代わって、気持ちが緩んでる。言うつもりじゃ無い言葉が次々出てしまう。


「それでもお前、女だろうが。あいつら、あのままだたらお前に何してたか分かってんだろ? 大体お前、最初っから挑発的な態度だった。もうちょっとおとなしくしていられないのか?」


「それじゃ舐められるじゃない! こっちだって顔を張らなきゃ!」


「女のくせに何が顔張るだ。無事で済んでるうちに足洗って堅気の嫁にでもなればいいんだ」


 

 グサッときた。良平が私を組から追い出すようなことを言ったのはこれが初めてだった。


「私だって組員よ。人には無い、変な力だって持ってる。どこに行くところがあるって言うのよ」


「お前が堅気の何を知ってるってんだ。世の中広いんだ。俺でさえ一時は受け入れてくれる女性がいた。お前にだって必ずいる。俺の足に同情してる暇があったら、自分のことを考えろ」


 私は言い返しそこなった。良平が別れた彼女の事を持ちだしたのは、初めてのことだ。誰もが彼女の事は触れないようにして来たのに。良平も何も言わなかったのに。ここで彼女を持ち出すなんて、本気で私に足を洗わせてもいいと思っているのかしら?


「良平は、私がいなくてもいいって思ってんの?」


 口が滑った。勢いで余計な事を聞いてしまった。正直、そう思った。良平の口が開きかけた時、孝之さんが現れた。私達の無事な姿を見て、ホッとした顔をする。良平は口を閉じてしまった。


「良かった。お二人とも無事で。店の子がお二人が危ないと飛び込んで来た時には、胆を冷やしました」


「悪かった。心配かけて」

 良平は私からは目をそむけて、孝之さんに言った。


「私に謝っている場合じゃありませんよ。女将さんが大変なんです。お二人の事を聞いて、倒れられました。車の用意が出来てます。すぐ、病院に向かって下さい」


 孝之さんの言葉に驚き、私達は急いで車に飛び乗った。



 女将さんの容体は良くなかった。心臓が弱っていた上に、血圧が不安定な状態が続いていたらしいが、そこに私達の知らせを受けて、一層のストレスが加わったらしい。この稼業でストレスは避けられないとはいえ、私と良平は女将さんにとって身近な家族。その私達が二人いっぺんにピンチに陥ったのは、ショックが大きかったのかもしれない。

 組長は不安そうにしているハルオを落ち着かせようと、「大丈夫」と言って背中をなでる事を繰り返している。私と良平は病室から離れて、廊下の椅子に座った。



「御子、お前だけでも足を洗って、堅気にならないか? そうすれば女将さんの心配事が、一つだけでも減る」


 良平があらためてそう、聞いた。私は返事が出来ない。良平が私にこういう事を言ってくるのは初めての事だった。私は良平だけは、私が組にいる事を望んでくれていると思っていたのに。


「堅気の嫁になれなんて言ったのは悪かった。だが、思い切って足を洗わないか? 組長も女将さんも内心それを望んでいると思うんだ」


「良平は組長になったら一人で組を守って行くつもり?」

 私は返事をそらした。


「組長はどこだって一人だ。そして支えてくれるのは組員だ。こんな足で組を守りたいなんて言ってる俺を、みんなが支えてくれようとしている。俺、恵まれてるよ。お前は外の世界を見た方がいい。足の事で同情なんかしないでくれ」


「同情?」


「そうさ。お前は俺が足を失った時も、俺の心を共有したいと言ってくれた。俺との稽古をやめる事も断った。お前のそういう所に俺は甘えて来たが、もうダメだ。さっきはつらかった。今度あんな事があったら俺は耐えられない。お前から目を離せなくなって、お前を誤解させるかもしれない」


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