31
だが、私達が利用した噂は、逆にとんでもない事態も呼び寄せた。いつだって物事には好奇心を寄せる人間がいるもの。私の特殊な力は、普通ではない相手には挑戦せずにはいられないタイプの人間の、好奇心を刺激してしまったようだ。
ある、シマの店に二人連れの男がやって来て、突然暴れ出したかと思うと、
「千里眼の女と、電光石火の男を呼んでこい」
と、叫んだそうだ。
こんなご指名を受けたのは初めてだ。狙いが私達なら姿を見せれば、店に危害は加えないはず。私達は早速二人でその店に向かった。
「これが千里眼と、電光石火か」
男の一人がそう言って私達を出迎えた。ただしナイフを持って。
「成程、タダ者じゃなさそうだ」
もう一人の男も私達をじろじろ見ながらいう。こっちは意外にも丸腰。
「なんでそう思うわけ?」
不快な視線をさえぎるように私は聞いた。
「男の方は普通の鍛え方をしたわけじゃないだろう。身体を見れば分かる。まあ、女だったらもっと隅々まで良く知ってるんだろうが、俺はそこまで必要ない」
男達は私を見てニヤニヤしながら言う。ああ、私達をそう言う目で見てるんだ。だからこいつらの視線が不快だったんだわ。
「女は表情を見ればわかるさ。これは普通の肝の据わり方じゃない。何事にも動じない目をしている。こんな目で睨みを利かされちゃ、気の弱い奴ならすぐ、ビビるだろう」
丸腰男が言う。
「あんたは気が強そうね。睨んだくらいじゃビビってくれないみたい」
私は嫌みのつもりで言ったのだが、男の方は余裕ありげに言った。
「そうさ、俺はビビらない。俺は心を閉じる事が出来るんでね」
男はどこかのんびりと言う。
「心を、閉じる?」
どういう事?
「こういう事さ」
そう言った男の気配が突然消えた。いや、その姿は目に入っていたはず。だって、男が私に近付いて、真横に来たのを私は目で追っていたんだから。
でも、私は動けなかった。コイツの動きが早かったからでも、コイツに威圧されて身体が動かなかったわけでもない。なんて言うか……。コイツの動きが意識に入ってこなかったのだ。
男は完全に人としての気配を消していた。まるで音のしない物体か、影の様に移動しただけ。
私はただぼんやりと、コイツが私の真横に来るのを眺めていた。そしてその手が私の首に伸びた時、初めて気配が戻り、私は避けようとしたがあまりにも遅すぎた。男の手は私の首を、しっかりととらえてしまった。まるで気配のない丸腰相手に、良平も全く動けなかったらしい。
「まだ、力はくわえてない。だが、下手に動けばすぐ締め上げるぜ、お譲ちゃん。俺はもともと寺の息子だ。勿論さっさと勘当されてる。だが、糞坊主たちにくだらない修業をさせられて、人としての気配を消すすべだけは身についちまってるんだ。つまり、心を閉じたまま、無意識に身体を動かす事が出来るんだ。結構自由にな」
「とんでもない、不良坊主だったのね。修行させた人たちが気の毒だわ」
首をつかまれたままだが、私は言い返した。こういう時に黙っていられる気質じゃないのだ。
「ああ、気の毒がってやれ。おかげでお前の千里眼は俺には通用しないんだ。あんたにも気の毒なことだな」
千里眼をさえぎる奴も世の中にはいるのか。甘かった。油断したわ。
その時良平がわずかに動こうとした。だが、もう一人の男の動きも早く、良平にナイフを振りかざす。良平はそのナイフをドスで跳ね返そうとしたが、
「うぐっ」
私は声が出てしまった。急に首を締めあげられ、首と喉に痛みが走り、息が出来ない。
良平の動きが止まると、私の首元も緩められた。思わず深呼吸する。
「下手に動くと女の喉元がへし折れるぜ。おとなしくしろ」
私の首をつかんだ男がそう言う。
「こいつは足が一本なくても生き延びた奴だ。指くらいなら屁でもないんじゃないか?」
そう言ってもう一人の男が良平のドスを握った指にナイフをあてがう。指から薄く血がにじんだ。
「やめなさい。あんたらタダじゃおかないわよ」
私はそう言ったが、さっき強く首を絞められたので、あまり声が出ない。良平が私を心配顔で見た。まずい。こんな表情見られちゃ、こいつらをつけ上がらせそう。
良平逃げて。あんた一人なら、まだ、逃げられるでしょ?
私は祈るような思いで良平の目を見るが、良平は逃げる気配もない。それどころか私の首をつかむ男の隙を窺っている。つまり、自分の指を狙っている男に全く気がいっていないのだ。このままでは本当に指を斬りおとされかねない。
そのうち男は私を使って良平をいたぶり始めた。良平が自分の指より私に気を取られている事に、彼らも気付いてしまった。私の首に力を入れたりゆるめたりを繰り返す。そのたびにつらい呼吸になってしまう。私も男の心を読もうとするが、私が目に力を入れようとする気配を察すると、スッと心を閉じてしまう。思った以上に勘がいい。せめて、良平だけでも逃げてくれないと。
でもこの様子じゃ良平は逃げてはくれない。コイツに隙を作らせなくちゃ。でも、息が苦しい。
「いい感じであえぐなあ。片足野郎だけじゃ無く俺達にも、もっと聞かせてもらおうか」
いやらしくニヤケながら私に手を伸ばし、身体に触ろうとする。ぞっと虫唾が走ったがその瞬間、コイツの心の隙が見えた。スケベ心のせいで気が緩んだのだ。