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連れてこられた建物は、プレハブより少しはマシかというような、古い、小さな建物だった。
ただ、その入り口には「真柴組」の古めかしい木の看板が掛けられている。土木工事屋さんかなんかな?
しかし、事務所の様な所に足を入れると、とたんに野太い声で、
「組長、お帰りなさい。御苦労さまです」
と、一斉に声がかかった。くっ、くみちょおう?
「皆集まっているな。今日からここで暮らす、御子ちゃんだ。この間中学に上がったばかりだ。大事な親を亡くしたばかりなんだ。みんな、親切にしてやってくれ」
組長と呼ばれた人はそんな事を言っているが、こっちはそれどころじゃなかった。右も左も強面の男性の顔、顔、顔。私は息を飲むばかり……あ、女の人も、いた。
「こんにちは、いらっしゃい。私は組長の妻、佳苗よ。みんな、女将さんって呼んでくれているの。これからよろしくね」
よろしくねと言われても、私は返事さえできない。だって、ここって「その筋の稼業」のところでしょ? なんか私、騙し打ちに会って連れて来られちゃったの? でも、遺言って言ってたし。
「みんなに顔も見せた事だし、奥に入ってもらっていいでしょう?ここじゃ詳しい話も出来ないわ」
女将さんと呼ばれているという女性が、組長さんとやらに声をかける。
「そうだな。落ち着いて説明しよう」
そう言って私は事務所の奥にある引き戸で仕切られただけの座敷に通される。
「まず、自己紹介だ。私はここの組長を務めている、真柴清造という者だ。こっちはさっきも言った通り、妻の佳苗。妻が君の面倒を見てくれることになる。愚妻だが仲良くしてやってほしい」
組長が説明しているうちに、女将さんがお茶を入れてくれる。ビックリし過ぎて喉が渇いたので、熱くても一気に飲み干してしまった。それを見て女将さんはジュースを出してくれた。
「あの、どうして私を引き取る事になったんですか?」
と、言うか、私ここで無事で済むんだろうか? これからどこかに売り飛ばされるとか、まさか身体売らされるとか? ど、どうしよう? 少し頭が回り始めた私はヤケになった事を後悔した。
「順を追って説明しよう。実は君の養父だった人は、私の恩人なのだ」
「恩人?」
って事は、私、息子家族に売り飛ばされた訳じゃないのね。でも、あのお父さんにこんな知り合いがいたの? 確かに人に分け隔てのない人だったけど。
「実は恥ずかしい話、ウチの組はあまり稼ぎが良くない。一時は本当に組をたたもうかと思う時があったのだ。だがうちの組員は皆、施設上りのみなしごばかり。年配の者は戦後の混乱で親を失った者たちだし、若い者も水商売の女が生んで、生活できずに手放されたような生い立ちだ。ここを失えば皆、行き場を無くしてしまう。せめてもの神頼みと、君の育った神社に通って、お参りしていたのだ。その時、君のお父さんに声をかけられた」
稼ぎが良くない……。やっぱり身売りコース?
「正直その時は、良からぬことも考えたのだ。立場の弱そうな店々を脅して、ショバ代を多くむしり取ろうか、粗悪品やバッタ物を、どこかに高く売りつけようかと」
普通、「その筋の人」の仕事って、そういうものなんじゃないの? 詳しくは知らないけど。
「ところが君のお父さんは、私を色眼鏡で見る事もなく、私の話に耳を傾けて下さった。私が見栄や自分の欲望のために組を残したいのではない。不幸な生い立ちから世間を追われて、行き場を無くした者達の生きる場所を失いたくないだけだと、信じて下さった。愛も教育も受けられなかった者達が、家族のように助け合って生きる場所だと理解して下さったのだ。ここを失えば皆、他の組織に流れて悪い道へと進んでしまう。それを避けたいだけなのだと、分かって下さった」
その話が本当なら……なんだかここって、普通の「その筋」とは大きくかけ離れてるのね。お父さんが同情したわけだ。
「そして、祭りの夜店を出させてくれたのは勿論、つてを頼って、他の祭りや催し物でもウチに協力してくれた。神主さんが私の様な者と関わっては、色々困る事もあったであろうに、そんなそぶりは一度も見せたりはしなかった。おかげで組は道をそれた真似をすることなく、堅実で固いシマを得る事が出来たのだ」
なんというか、お父さん、何やってたの? って言うか。でも、お父さんらしいと言うか。
「そんな君のお父さんが病気になられた。お父さんはご自分の寿命をご存じだったようだ。そこで私に君の事を相談された。君のお父さん亡きあとに、君を引き取ってくれないかと聞いてきたのだ。我々夫婦には子供がいない。こんな稼業では堅気の子を養子に迎えても、子供が白い目で見られてしまう。だから子供はあきらめていると、以前話したのを覚えておられたようだ」
話が自分に及んで来て、思わず緊張する。私、ここに何を求められてるんだろう?
「君は人の心が読めてしまうそうだな? それで人から嫌な目で見られる事も多かったとか」
そう、隠しても隠しても、この能力は隠しきることが出来ない。気味の悪い子、気持ち悪い子と言われてしまう。きっと、これからも。
「どうだろう。思い切って、ここで暮らし続けてみたいとは思わないだろうか? ここにいれば余計世間の目が冷たいかもしれないが、組の者は皆事情もちだから君に偏見を持たないだろう。あの神社で、そりの合わない家族と暮らす事を考えたら、いくらかはマシだと思えるのだが。君の将来もあるから養女にしたいとは言わない。だが、君が大人になるまでは、ここで暮らしてもらえると私達夫婦は嬉しいのだが」
そういうと、組長と女将さんは、私の顔をじっと見つめて返事を待っていた。