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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 駆け出しの職人と聞いて、私達は若い人を思い描いていたが、良平が直接会って見ると倉田さんは中年の一見、厳しそうな人だったらしい。組長と、そう年齢も変わらないだろう。

 元が名の通った人斬り道具専門の刀研ぎだと聞いて、成程と思ったそうだ。全身から研ぎ澄まされたような緊張感を感じさせる人だったらしい。

 こんな人が足を洗って、自分と年齢に変わりのない人を師匠とし、一から技術を学んでいると言う。普通では考えにくいが、おそらく物作りにとりつかれた、根っからの職人気質なのだろう。


 良平は彼に合って開口一番に、こう問われた。


「お前さんは俺の作る義足で、一番何がしたいんだい?」


 義足でしたい事と言えば、当然、「歩きたい」とか、「人の手を借りない生活をしたい」と答えるに決まっているのに、わざわざこんなことを聞いたのだそうだ。そして良平はこう答えた。


「ドスを握って、組を守り続けたいです」


 これを聞いて倉田さんは喜んで笑ったと言う。


「やっぱりお前さんは、普通の奴とは違うようだ。俺に義足を作って欲しいと言ってくる奴は、皆、足を洗った者ばかりだった。堅気に戻らなきゃならなくなったが、せめて、普通にあるいて暮らせるようになりたいと言う者ばかりだ。ところがお前さんは足を洗うどころか、真柴組の跡取りとして養子になったって? しかも、ドスを握って喧嘩に出るつもりでいやがる。本当ならこの話、俺は断ろうと思ったんだ。足を無くしても、まだ、命を粗末にする気でいる奴に、義足なんて要らんだろうと思ってな。だが、お前さんは組を守り続けたいと言った。この先の人生、生きる気満々でいやがる」


 良平は倉田さんに大いに気に入られ、自分と一緒に新しい義足の可能性を追求しないかと言われたそうだ。


「あんたはこれからの人生に人一倍積極的に生きようとする気概を持ってる。きっと普通の義足では満足できまい。俺もまだまだ半人前だが、お前さんが満足できる義足を作ってやりたい。俺も元は人斬り道具を扱っていた。喧嘩の事も多少は分かる。一緒に、あんたの組を守れる義足を考え、作り出そうじゃないか」


 こうして良平は倉田さんの工房に入り浸るようになり、私との稽古の機会は、ずっと減る事になった。組長は胸をなでおろし、私は仕方なく孝之さんを相手に稽古をするようになった。



 こうなれば私と良平が互いに無視する必要なんてないはずなのだが、私達は何となく、必要以上に口をきく事が無くなった。意図的に距離を取ったのが災いしたのか、もとの様に自然に接し合う事が出来なくなってしまった。ぎこちない思いをするぐらいならと、ついつい目も逸らし、声もかけにくくなる。女将さんが、さらに心配し始めたがどうにもできない。


 女将さんの心配と言えば心配事は別にもあった。ハルオの言葉の突っかかりだ。

 幼児なのだからある程度たどたどしいのは仕方がないが、それにしてもハルオは言葉がよく引っ掛る。特に緊張する必要のないところでも、言葉がどもってばかりいる。

 幼稚園の入園を前にして、私も女将さんも、ハルオにリラックスしておしゃべりが出来るようにならないかと、色々試したが、上手くいかない。

 刃物嫌いも一向に直らず、鋏にまで脅えるような子になったハルオを、幼稚園に入園させるのは心配だったが、団体生活に慣れさせない訳にもいかない。女将さんは預かっている責任を感じ、懸命にハルオに向き合いながら幼稚園の門をくぐって行った。


 私達は刃物に脅え、言葉がどもってしまうハルオを、気の小さな子だと思い込んでしまった。

 実際ハルオは気の小さなところがあった。男の子にしては慎重派だったし、特別ひどい悪さをするような子でもなかった。幼稚園で苛められはしないかと、日々、気をもんだ。

 ところが実際は真逆の問題が起こった。とにかくハルオの喧嘩が絶えないのだ。

 女将さんを「ババア、ババア」と言われては、相手の子を殴りつけ、ウチが「普通じゃない」と言われては、張り倒し、「親無しのくせに、生意気だ」と言われては、蹴っ飛ばしてしまうのだ。

 年齢的にも反抗期と重なってしまったのかもしれないが、それにしてもハルオは喧嘩に我慢が効かないようだ。喧嘩で名を売った父親の血がそうさせるのかもしれない。


 ハルオだって相当仕返しされてるし、普通なら子供の喧嘩で済む事も、ウチが普通ではないだけに、すぐに親が園に文句を言ってくる。その都度女将さんは頭を下げているようだ。


「人の弱みをよってたかって指摘する、相手の子だって悪いじゃない。頭を下げてばかりいないで、ちょっとはハルオの味方になってあげてもいいんじゃない?」


 私は女将さんにそう言った。しかし、

「私はね、華風さんに頼まれたの。この子は他のとりえは何にも要らないから、優しい子に育ててほしいって。実はね、ハルオの父親は見つかっているの」


「え? じゃあ、父親の元に返すの?」

 そのために預かっている子として、今まで接してきたのだ。


「そうもいかないの。父親はハルオの安全のために名前を変え、存在を消し、この世にいないはずの人間になっているの。そう簡単には名のることができなくなっているの」


 そんな! いくら我が子のためとはいえ、そこまでしなくてはならないなんて。


「そうまでして守っている子への唯一の親の願いが、優しい子に育つことなのよ。決して人を傷つけたり、暴力をふるったりすることのない子に育つこと。私、それを叶えてあげるのが、自分の役目だと思っているの。本当の実の親に代わって、親の願いを叶えてあげたいのよ」


 女将さんはひたすらハルオに言い聞かせる。優しい子になりなさいと。


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