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「誰が足手まといですって?」私は良平に不敵な笑いを見せた。
「私に度胸がないって、良平も孝之さんも思ってるみたいだけど、女の度胸って、男の人みたいに勢いや意地に頼る必要ないの。私はずっと、他人の心や想いを我が事の様に受け止めて来たわ。否応なしにね。だから人の怒りや憎悪、悪感情を恐れたりはしないの。たとえ殺意を持っている相手でもね。この世にこんなに度胸の必要な事ってないと思うわ」
私はあっけに取られている面々から、組長の姿を見つけて言った。
「組長。私を喧嘩にも出させて下さい。私には覚悟があるんです。そして良平と組ませて下さい。今、ご覧になってましたよね? 私の瞳の力に振り回されない集中力とスピードを持っているのは彼だけです。そして、彼は私の腕力の足りない部分を十分補ってくれるんです」
「だが、俺と組むのは」
良平が言いかけたが、私は言わせる気は無かった。
「私、良平にかばわれる気なんてありません。勿論、かばう気もないわ。でも、私達が組んだ方がより実戦に有利なのは今の通りよ。組長、私を実戦で使って下さい。良平と一緒に」
しばらく組長は考え込んでいた。でも、ついには、
「そういう実戦が、あまり起こらない事を祈るしかないだろうな」と、言ってくれた。
組長は私を組員として本当に認めてくれたと、この時思った。そしてそれが誇らしかった。その時の私は口で言うほど自分の『力』を分かってはいなかった。何故他人が私の瞳をここまで恐れるのか、薄々は気付いていたかもしれないが、その場では分からない。自分の心次第で、この『力』が自分に向かう刃になるとは気づいていなかったのだ。
「ところでお前が持っている、そのドス。どうしたんだ? 私はお前に預けた覚えはないが」
ギクッ。使わずに済むかもと思って、隠すのを忘れてた。
「あ、あの。これ、神棚に祭ってあったのを、ちょっとお借りしちゃって……」
組の事務所の神棚から、勝手に拝借しちゃったんだよね。
「神棚? お前は先代が魂込めて使っていたドスを勝手に持ち出したのか! それはウチの家宝も同然に、大切に祭り続けてきた特別な品なのだぞ!」
組長は池の鯉みたいに口をパクパクさせる。
「え? ホント? 知らないで練習にも時々使ってたんだけど」
組長の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「バカ者ー!」
特大の雷が落ちてしまった。だって、しょうがないじゃない。みんな、私に喧嘩の道具に関わらせたくないからって、そういう事、教えてくれなかったんだもーん。
私はみっちりとお説教を受けたうえで、良平とともに喧嘩の助っ人に出る事を許された。
その代わり、良平とはより、距離を置くようにと言われる。同じ組の中にいて距離を置けって言われても、出来る事に限りがある。これを受け入れたら私はまた、事務所に近づけず、家事と雑用専門の係りに逆戻りさせられてしまう。
「そんなのとても無理。私も組員としての仕事は続けたいんです」
「ならば、良平と稽古をするのはやめるんだな」
と、組長はにべもない。
稽古もせずにぶっつけ本番で喧嘩に出られるとは思えない。何より今更孝之さんの相手や、一人稽古になっては、良平が満足できないだろう。
「稽古は止められません。そんなに言うなら私、稽古の時以外、良平とは一切口をきかないわ。それならいいんでしょう?」
私は半ばヤケになって言った。
すると組長は驚いた顔をし、そして複雑な表情に変わった。私をじろじろと見つめる。
「なんです? それでも納得してもらえませんか?」
これ以上、どうしろって言うのよ。
「いや。そんなことはしなくていい。お前達の思うようにしろ」
組長は何だかあきらめ気味に言う。
「納得してくれてないじゃないですか。そんな嫌みな言い方して」
「嫌みではない。実は良平も同じことを言ったんだ。お前とは口をきかないから、無理を言わないでくれと。これでは私が何を言っても仕方がないだろう」
そう言って組長はため息をついた。
結局私と良平はそれから稽古の時以外は口もきかず、目も合わせなかった。組長にあんなことを言われては、意地でも良平と距離を取らずにはいられない。良平も同じ気持ちの様で、私とはわざとらしいくらいに徹底的によそよそしい態度をとった。
そのたびに事務所の中にしらっとした空気が流れる。個人に戻った食事時など最悪だ。
女将さんが
「組長もかまわないと言ってるんだから、そんなにムキにならないで。私達は家族でもあるんだから」
と、言ってくれるが、私も良平も、すっかり意固地になってしまって、どうする事も出来ない。
組の中の空気も悪くなり、とうとう良平も悩み始めてしまった。
そこに女将さんが朗報をもたらしてくれた。良平に、特別な義足を作ってもらってはどうかと、話を持ちかけて来たのだ。
「まだ、義足作りを始めて間もない人だけど、元が刀研ぎでこの稼業の事をよく知っている人なの。一人ひとりの動きや生活様式に合わせて、かなり特殊な動きにも対応したものが作れるって、期待されている人なのよ。この人に作ってもらえば、足の動きをかなり補えるかもしれないわ」
そう言って、その職人を紹介してもらえる事になった。




