27
私が良平を相手に稽古をする事を、組長が良く思っていないことは知っていた。口で言わなくても、心を読まなくても、それだけはっきりと組長は顔にあらわした。でも、私はわざと無視した。組長も何も言って来ない。何故私が良平の足の事にこだわるのかを、組長だけが知っていたから。
私は自分の後悔をあの手術室の前で、全ては語らなかったとはいえ組長にだけ話した。私が組長の後悔を忘れる事がないように、組長も私の後悔を忘れてはいないのだと思う。
そして、組長との二十歳の誕生日の約束も忘れてはいない。
私が良平と距離を縮める事を良く思わないのは何も組長だけではなかった。難しい事に悩んだ時、組のみんなはいつも私の味方でいてくれたが、良平との距離だけは誰もがいい顔はしてくれない。
いくら私が生涯を組に捧げると言っても二十代の私は若すぎるらしく、みんな心のどこかで私を組に縛りたくない、足を洗ったり堅気と一緒になるチャンスは残しておきたいと思っているみたいだった。
良平自身も出来れば私の相手はしたくないと思っているのが分かる。きっと組長にくぎを刺されているに違いない。それに、私を本気で実戦に使う気がない事も見当はついた。
それでも私との稽古を続けているのは、彼自身が迷いの中にいる証拠だ。良平も今の自分の動きでは物足りないと思っているだろうし、私との稽古が彼を鍛える大切な役目を担っている事を認めている。 片足による不利を少しでも補う事が出来るかもしれないと、この稽古に一縷の望みを託しているのだろう。
だから誰もが良くないと内心思いながらも、私と良平の稽古は黙認され、続けられていた。
そんな中で、とうとう組に大規模な喧嘩沙汰が起こってしまった。隣町の勢力が華風組を取り込み損ね、その余波があわよくばウチのシマを乗っ取ろうと、まるで八つ当たりの様に襲いかかって来たのだ。
華風組は自分のシマを守った直後でウチに気を回す余裕はない。関係が良好とはいえ、いや、だからこそ、華風組には迷惑をかけられない。
ウチは総力戦の様相で乱闘に向かった。当然、良平も喧嘩に向かう。こんな時でも私には組長の許可が下りない。それで黙っている私でもなかった。
私は孝之さんにかくまってもらい、こっそりみんなの後をついて行く。みんな目の前の喧嘩の事で頭がいっぱいらしく、意外と私に気を回す様子は無かったので、私は乱闘が始まるギリギリまで誰にも知られることなく皆の後ろについていられた。
みんなが喧噪のなかに飛び込む直前に、私は良平の後ろに回り込んだ。良平が気がついた時には私は乱闘の渦の中。もう、誰にも私を止めることはできないはず。良平が私に向かって何か言ったようだが、私は聞く耳も持たずに良平の前に出た。
喧嘩の相手達と向かい合う。相手の動きを読もうとその目を合わせたその時だった。
相手の興奮、熱気、感情が一気に私になだれ込んで来た。思わずその勢いに呑まれそうになって、身体が引いた。良平が舌打ちして私を後ろから引っ張り寄せる。そのまま私の横で、構えたドスで相手を威圧した。
「だから言ったんだ。いきなり相手の心を読むなって」
そう言っていたのか。私自身も初めての喧嘩で冷静さを失っているらしい。
「足手まといだ。さっさと帰ってくれ!」
良平が私を怒鳴る。でも、そのくらいの事言われるのは分かってた。
「大丈夫よ。任せて」
そう言って再び相手の目を睨みつけた。
また、相手の感情が私に襲い掛かってくる。確かに手に武器を持った、そのやみくもな興奮に私も恐怖を感じた。でも、かまわずその感情を受け止め続ける。ありったけの意思の力でその感情を封じ込める。私にはその力があるはずだ。
ついに相手の感情の向こうにある、どう、動こうかと言う思考を感じ取った。私は早速素早く動いて相手を翻弄する。相手は一層ムキになって私に感情をぶつけてきた。
それに対して私はさらに自分の意思を目に集中して相手を睨む。あんたは私には敵わない。私はあんたの考えがすべて読めるんだから。あんたの感情をすべて見透かしてしまえるんだから。
この瞬間、私の目は私の物じゃなくなった。私の身体の一部でありながら、その瞳は私を超えた存在になる。その瞳を操る力も、私の心から離れて行く。
相手ははっきりと私の瞳に恐怖を感じているようだ。それはそうだろう。これは私と言う人間の瞳じゃない。もっと大いなる何かの力が、私の目を借りて相手を威圧しているのだから。
私に睨まれた相手は、皆、一様に動揺した。戸惑い、目を離せなくなる者もいれば、はっきりと脅える者もいた。たまらず目をそらそうとする者には容赦なく一層の力を込めて睨みつけた。
すると相手は戦意を失って逃げ腰になったり、私の瞳から逃れようとして、私から離れようと必死になる。そこを良平が襲いかかる。時には私自身も短刀を振りかざしてみせる。私達の周りにいた相手は、皆、散り散りになって逃げ出して行った。
あっという間に乱闘は終息した。特に私の普通でない力に恐怖を感じた者たちが、まるで化け物でも見たかのように、恐れをなして逃げだしたので、その様子に異常さを感じて、皆が撤収したようだった。