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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 私が組員になったからと言って、私の生活や組の日常に大きな変化がある訳ではなかった。

 私は相変わらず女将さんを手伝い、ハルオの面倒を見ていた。そしてこれまではこっそりとしていた事務室でのシマの状態の確認や、孝之さんに教わる護身術の稽古を堂々とするようになる。

 顔を張ったり、人をひっかけることが上手くない私は、組の金品の出入りや、シマの店の経営状態のチェック、相談ごとの本音を見抜く事が普段の主な仕事になり、もう、それだけで手いっぱいで、見回りや用心棒に出て歩く事はまだ、考えていなかった。


 ハルオは順調に成長し、人のいう事を聞かなくなってきた。赤ちゃん時代は卒業で、反抗期にはまだまだ早いけれど、好奇心が上回って大人のいう事など意に介さない時期が来ていた。何にでも触りたがるし、どこにでも潜り込むので目が離せない時期でもある。

 その中で、ハルオが極端に脅えるものがある。刃物だ。包丁だろうが、果物ナイフだろうが、カッターだろうが刃先の鋭利なものを見るだけで、尋常ではない脅え方をする。

 何でも母親が刺殺された現場にハルオもいたそうで、何も分からない赤ん坊でもその時の衝撃は十分に受けていたのかもしれない。


 今考えれば徐々に恐怖を取り除いてやればよかったのかもしれないが、子育てなんてした事がなかった私や女将さんにその余裕はなく、ハルオが脅えるものはなるべくハルオの目に触れないようにしてしまった。私達にはハルオは『預かっている子』と言う気持ちもあったから、大きなけがをさせる訳にもいかない。こんな調子で私に外を回って歩く余裕などみじんも無かった。



 多少の変化があった事と言えば、それまで護身術として室内で型を教わるばかりだった孝之さんの稽古を、良平と一緒に庭先で動いてみるようになったくらい。

 実際に身体を動かす事に慣れて来ると、私は孝之さんや良平の動きをちょっと先読みできるようになり、つい、イタズラっ気が出て、孝之さんの動きを邪魔して止めてみたりする。

 これに孝之さんは驚いただけではなく、私に孝之さんの考えた通りに動いてみろと言う。

 私は孝之さんの動きを、少し先を読みながら真似た。孝之さんが動くとその動きはピッタリと重なったらしい。良平が驚いてみているのが分かった。


「千里眼にこんな使い方があったとは思いませんでした」

 孝之さんはあきれたように言った。


 実は私はこういう事が前から出来た。体育の授業で球技なんかをすると、身体が慣れるに従って相手の動きが読めて来る。心を読むまで深く集中しなくても、瞬時に相手の次の行動がピンとくることは今までにもあったが、バイトや友人関係や孝之さんの稽古などを通じて心を読む深さ、浅さの加減が効くようになると、一層、その勘が働くようになり、相手の動きをその都度読んだり、裏がかけるようになっていたのだ。


「裏がかける? それじゃ御子ちゃん、ちょっと良平さんの相手をしてみて下さい。良平さんは動ける範囲に限りがあるから、かわしきれるはずです」


 言われたとおりに良平と向き合って見る。さすがに良平からは襲って来ないので、私が先に手を出すが、良平はそれをかわす。そしてすかさず私に手を伸ばすが、私はそれをすべてよけてしまう。ついには義足のバランスを失った良平の方がひっくり返った。


「ちょっと、良平、大丈夫?」


 私は良平を助け起こしたが、


「大丈夫だが……。驚いた。まったく捕まらない」


 良平は呆然としている。


「やはり良平さんでも捕まりませんね。いや、私の動きの真似だって、コピーってもんじゃない。私よりわずかに先に動いていました。だから見た目にはピッタリなんです。目で見ていたらほんの僅かでも動きが遅れるはずですから。御子ちゃんは私の動きを知っていて動いているんです。こういう事では見切るって事は一番大事なんです。御子ちゃんは完全に自らの身を守る事が出来る。良平の素早い動きを避け切れるんですから、誰も御子ちゃんを捕まえるどころか、触る事さえできませんよ」


「本当? じゃ、私もいざって時には喧嘩に出られるの?」


「まさか。捕まらないのと相手を叩きのめすのは違いますよ。何より女性じゃ腕力が違う。ただ、相手の裏をかいてやりこめることは可能でしょう。さっきの良平さんの様にバランスを崩されたら相手はどうにもできないでしょうから。護身術ってのはそれを利用しているんです。これが完全に身に着けば、ある程度の相手を倒す事も出来るでしょうが」


「なら、出来るようになりたいわ。組のみんなに、怪我なんてさせたくないもの」


「喧嘩はスポーツじゃないんですよ。ルール無用で相手は武器を持ってるんです。たとえ相手に触られないと分かっていても恐怖が伴います。それ相応の度胸がなければ無理ですよ。御子ちゃんには向いていません。あくまでも身を守る稽古だと思ってやって下さい」


 孝之さんはそう笑い飛ばし、良平はうんうんとうなずいている。そんなに私、向いてないのかなあ?



 それでも身を守るすべは必要だと言う事で、私達の稽古は続けられた。そのうちに私は孝之さんとよりも、良平との方が動きの呼吸が合っている事に気がついた。

 それに私を捕まえようとするうちに良平の動きも一層キレが増し、素早くなってきた。なまじ呼吸が合うだけに私も動きが読みやすく、それに追いつこうと身体を動かすから、知らず知らずのうちに良平の動きも良くなっていくのだ。



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