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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 二十歳の誕生日を迎えた日、私の体制は盤石に整えられていた。

 何せこの組に連れて来られて八年間、ずっと組員になる事を目指して準備をして来たのだ。抜かりがある訳がない。

 組員全員は勿論、女将さんも、良平も、お世話になったシマの商店街の人々みんなも、私の味方だった。組の内情や、現在のシマの状況も把握してある。この街にある裏社会組織の大体の力関係も、大まかだけど知っていた。


 私の最大の武器である、『力』のコントロールも出来るようになっていた。この『力』を使って、出会う人々の意識を探り、情報を正確に把握するのが、私の主な仕事になる事も理解していた。

 この世界が見栄と、腕っ節に頼りがちで、恨みを買いやすい事も分かっている。それが時に悲劇を生む事も。良平の失った足と、ハルオの微妙な立場がそれを私に教えてくれた。

 何より私には覚悟が出来ていた。そういう危険や、偏見や、悲劇を受け止める覚悟を持って、生き続けようと心に決めていた。これだけ準備が出来てこの世界に入る者はそう、いないはずだ。


 これで組長も折れるだろうと私は思っていた。たとえ折れなくても私は実質組員としてここに居座り続けるつもりでいた。ところが組長はしつこく条件をつきつけてきた。


「分かった。お前の組入りを認めよう。ただし、二つ条件がある。一つはもし、堅気の男に惚れた時には、潔く組を去ること。その時にはきっちり足を洗ってもらう」


 まだ、そんな事を言っているのか。私はうんざりしたが、


「これは大切なことだ。良平のように親がこの世界にいたために、巻き込まれて子供もこっちの世界に流れて来ることは多い。これを繰り返しては負の連鎖になってしまう。お前は女だから、子をなせば母になる。母親が子供に与える影響は大きい。堅気に惚れれば、いつ子が出来るとも分からない。だからその時は絶対に足を洗うのだ」と、組長は真剣に言った。


 私に限ってそんな事は無いと思うが、万が一という事もある。組長のいい分は正しいと思ったので、私は「約束します」と言って条件を飲んだ。


「二つ目は、良平とは決して、一緒にならない事。あれはウチの後継者だ。一度一緒になれば、良平と何かあっても、お前は何処にも動けない。他の者なら足を洗って堅気の男と一緒になる事が出来るが、良平はあいつが後継者の道をあきらめないかぎり、別れても、先立たれてもお前は『組長の元妻』となってしまう。私はお前がその名を背負って再婚することを許さない。その時は一人身を貫いてもらわなければ、事情が複雑になり過ぎる」


「そんなことありえないわ。私にとって良平は兄だし、まして良平に先立たれるだなんて。縁起でもない。組長の考え過ぎです」


「そこまで考えるのが組長だ。あいつには少し無茶なところがあるから、何があるか分からん。私は何としてでも良平に組を継がせたい。足を失ったあいつに組を継ぐという希望を持って生きてもらいたい。それがあいつの足を奪った私にできる、せめてもの罪滅ぼしだ」


 私は組長が手術の許可に同意した時の事を思い出した。あの時組長がどんなに苦しんだかを。


「人生は長いものだ。私はお前に堅気で生きる道を、捨てて欲しくは無いのだ。お前が組入りすれば、お前と良平は一層身近な存在になる。もし、良平がお前を選べば、お前は組に縛られ、良平にはその責任がのしかかってくるだろう。それがお前達を幸せにするのかどうか、私には分からない。これは組長としてと言うより、お前達の親としての願いだ。お前達の幸せのため、良平とは一緒にならないでくれ」


 私としてはすでに生涯を組に捧げる覚悟でいるけれど、それが組長の不安になったり、良平の重荷になったりするならば、そんなことは避けた方がいいと思った。


 第一、良平は私にとっては家族で、兄としてしか見ていない。言われた言葉も(大げさだなあ)としか受け取れずにいる。一瞬、良平の元の彼女の言葉も思い出しはしたが、それより私にとっては組長から組員として認めてもらう事の方が大切だった。


「分かりました。二つとも約束します。だから私をここの組員として認めて下さい」


 組長はようやくうなずいてくれた。渋々って感じだけど。



 私はこの約束がどうにも頼りなく思えた。組長は二言目には「堅気、堅気」と言ってたし、返事の仕方もあいまいだ。なにか確かな証が欲しい。


「組長、私と杯を交わしてくれませんか? 昔はここもそうやっていたんでしょう?」


 私は女将さんから若い頃に着ていたという振り袖を着せてもらった。私がお世話になった組の関係者は皆呼んでもらい、麗愛会に行っている元組員達にも来てもらった。私としては、これはただ、組入りする儀礼的な儀式ではなく、自分の成人の証しとして、感謝を込めて、みんなに披露したいと思ったのだ。

 急に無理を言ったので、組長が軽々しく済ますのではないかと心配したが、そんなことは無かった。組長は正装した私を恭しく扱ってくれた。みんな、感慨深そうに見守ってくれて、良平も頷いてくれていた。女将さんは涙ぐんでさえいた。


 こうして私は真柴組の組員になった。ただ、この時の組長との約束が、その後の長い年月にわたって、私に厄介な思いをさせるとは思ってもみなかった。


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