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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 二年生の夏休み、私は店のバイト生活に力を注ぐことにした。組になるべく負担はかけたくない。自分の学用品や日用品、ちょっと気晴らしにしたい買い物のお小遣いくらいは、こういうときに稼いでおきたかった。

 これ以上の進学は望んでいなかったので、成績もある程度のレベルから落ちないように気を付けていれば、思う存分、バイト生活に打ちこめた。しかも私の能力は使うほどにコントロールが上手くなっていく。 私はもう、他人の心に脅える必要が無くなり、ますます日常が快適になった。

 夏休み中は私以外にもバイトの子が増えて、店に同世代の子が一緒に働いてくれる。普段は私が最年少なので、こんなことも結構嬉しかったりする。休憩時間や、ちょっとした合間に学校生活の様なおしゃべりが出来たりして、新鮮だ。


 夏休みの後半に、私と同い年の男の子がバイトのメンバーに加わった。


 彼はなかなか気の回る子で、仕事の手際はいいし、頼りにもなる。でも、うっかりすると他の子にいいように利用される節のある、ちょっと不器用なところもあった。私はつい、放っておけずに、彼だけが損を被らないようこっそりと、みんなに協力してくれるよう、こまめに声をかけ続けた。

 そういう事に勘が働く子なんだろう。私には「自分で気をつけるから」と言い、本人も周りに利用されっぱなしにならないように、相応の態度は取り始めた。

 そして私にはとても親切に接してくれた。単純に義理堅い子なのかもしれない。たまに顔を出しに来る清美が、この子の事で「彼、御子に気がありそうじゃん」と、からかったりした。


 でも、男の子のこの手の親切に、私は以前懲りている。真っ直ぐには受け止めかねて、あまりいい態度はとれない。どうしても引き気味になってしまう。

 嫌われたかな? そんな風に思っていたが、逆にある日、彼から映画に誘われた。

 この手のお誘いは初めてで、照れ臭いながらも喜んで受けた。



 映画は楽しかったし、彼との会話も弾んだ。誘った娘にいい所を見せようと彼も相当張りきったのだろうけど、もともとが気配り上手な子。気まずい思いをする事もなく、肩のこる事もない。相性も悪くなかったのかもしれない。

 私はデートを楽しみ、彼に大いに好意を持った。学校から離れると私の頭の中はいつも組の事ばかりだったので、こういう楽しさは私をすっかり浮かれさせた。

 帰る頃になると、ひょっとしたら告白してもらえるかも。と、私は期待した。でも、その日は普通に駅まで送ってもらい、「楽しかった」と言って別れてしまった。

 ただ、私の勘違いでなければ、何となく彼は帰り際に迷っていた様な気がした。

 やっぱり、その筋のところで育ってる娘は嫌かな? それとも私が言わせにくい態度を何か取っていたのかな? 考えは色々とぐるぐる回る。

 ……少し、覗いてみようかな。

 よせばいいのに、そんな気持ちがわき上がってしまった。ほんの少しだけならと。



 今考えれば一度は懲りていたのに、なんであんなに自信があったのか分からない。自分の力も、感情も、何かのゲームのようにコントロールできるようになった気がしていた。実際、バイトや日常生活では上手くいっていた。自分の力は指先の様に、ちょっとした力加減で使えば、自由になるものと思い込んでいた。

 実は無意識に普段の人間関係や、遠慮や、自己防衛なんかが微妙に絡んでコントロールできていたのだろう。でも、当時の私には分からない。『力』の便利さが、やけに魅力的に思えていた。

 深入りせずにはいられない、恋愛心理に微調整は効かないのに。


 始めはごく浅い意識を探る。彼の日常のこまごまとした、忘れては困る事が浮かんで来る。

 ちょっと深く進むと、私とのデートの記憶。うん、あっちも楽しんでくれたんだ。良かった。

 そのまま続けると、やはり帰り際に告白の意思はあった事が分かった。ただ、彼を躊躇させる何かがその奥に引っ掛かっている。


 ここでやめておけばよかった。でも、恋心はこういう時にストップが効かない。


 彼には別の想い人がいた。ただし、一度はフラれてあきらめかけていた恋だ。

 その矢先に私と出会った。私にも好意を持っている。でも、フラれた娘にも未練はたっぷりだ。そして、何とも悲しい事に、もっと奥を探れば、彼は私に違和感をもっていた。

 私には何か普通じゃないところがあるような気がしている。彼自身もそれが何かは分かっていない。 ただ、何かが心に引っかかって、それがフラれた娘への未練を断ち切ることを拒んでいた。

 そして彼は悩んでいる。とても真剣に。私にたいして申し訳ないとさえ、思っている。

 私は恥ずかしかった。もう、単純に恥ずかしい。私のしたことは恋のルール違反だ。真剣に向き合ってくれた子に、こんな失礼な真似してしまった。ここまで深く覗くつもりじゃなかったのに。いや、浅くてもこれは卑怯すぎる。私は自分に再びうんざりしてしまった。

 彼の二股だなんて欠片も思わなかった。だって彼は私が傷つくことを本気でおそれている。二人の女の子に惹かれてしまったことに苦悩さえしている。心が惹かれてしまうことなんて、自分でもどうしようもないことなのに。

 それに比べて、私は……。


 私は「最高のバイト仲間だったわ」と言って、彼のバイト最終日をねぎらい、ありったけの笑顔で別れを告げた。

 その後一度だけ彼から誘いの電話が来たが、やんわりと断ってそれっきりになった。


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