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私はあの清美と共に無事、志望校に合格し、高校生になった。
清美はちゃっかり入試前のバレンタインで、受験先の学校の先輩とカップルになっていた。こうなると女の子はやる気が違う。入試にもかなりの気合で望んだようだ。彼女の張り切りように、恋の力は大きいとしみじみ感じた。ただ、上手くいけばの話だろうけど。
麗愛会に引き抜かれた面々は、半数ほどがウチに戻ってきた。会長が良平さんとの取引に応じはしたものの、麗愛会の中には事実上の別勢力があり、その力によって一時は会長の力が弱まり、約束が反故にされかけた。
だが、さらに大きな組織が黙ってはいなかった。「こてつ組」と言う巨大組織が新興組織が急激に勢力を伸ばしだした事に危機感を覚え、大きな乱闘騒ぎの末に麗愛会の勢力を大きく削ぎとったのだ。
それにより麗愛会の会長の力は復権し、良平との約束は無事に果たされることになった。真柴も可能な限りの金策に奔走し、一人でも多く組員の身を綺麗にして組に戻そうとした。
しかし半数以上の組員は戻らなかった。戻らなかったのか、戻れなかったのかは、詳しい話を一切聞かされない私には分からない。だが、意外なほど彼らは麗愛会に残る事に躊躇しなかった。ウチの組の懐事情を考えて、あえて耐えたのかもしれないが、そのあっさりとした態度に、実は麗愛会の甘言に乗せられ、金に目がくらんだのだと言う噂もその筋の世界で立ったようだ。
その筋の噂と言えば、良平さんの事も噂に上った。
それまで良平さんは、喧嘩に出てもギリギリまでドスを使うことなく、仲間の身を守る一方の、地味な姿しか周りに見せた事がなかったそうだ。いかにも地味な真柴らしい。一番ガキの新入りまでやる事が地味だと、陰で言われていたそうだ。
ところが彼は麗愛会の本部に一人で乗り込み、銃弾を受けながらも麗愛会、会長の首元にドスをあてがい、後に生死をさまようほどの激痛の中で気を失う事も無く、会長と対等に交渉したのだ。その身のこなし、度胸、執念が、賛辞され、真柴は甘く見れないと恐れられた。
おかげで奪われかけたシマは守られ、真柴組は安定した。むしろ、固くなったと言っていい。
でも、当の良平さん本人は、大変な思いをしていた。足を失ったので義足を身につけ、早く慣れようと毎日歩行訓練にいそしんでいたのだ。
私は中学時代と同じように授業が終わると真っ直ぐ帰宅し、組の雑用を手伝っていたが、その間良平さんはモクモクと歩行訓練を繰り返していた。そして、掃除や片付けを手伝ってくれる。
立って歩くだけでも大変なのに、無理をしなくていいと言っても、「リハビリだから」と言って、手伝いをやめない。私も以前のようにドスの練習をしている良平さんの姿を見るよりは、今の方がずっといいので、黙って任せる事にした。
さらに良平さんは、組長や年配の人たちの手が空く先から、この世界のこまごまとした情報を教わるようになった。あの、麗愛会の会長とのやり取りで、喧嘩沙汰や顔を利かせる事よりも、情報や、交渉力の方がこの世界ではずっと大事だと痛感したそうだ。身体は動かせなくても、組員を窮地に立たせないようにすることの方が、組を守るには大切だと気付いたそう。
組長も良平さんに、真剣に組の事を聞かせるようになったと言う。本気で良平さんを組長候補にしているって事だろう。時には何やら書類を前に、喧々諤々のやり取りをしている。こういう時には良平さんの度胸の良さがいかんなく発揮される。たとえ相手が組長でも、決して引く事は無いらしい。怒号が飛び交い、とうとう本当の喧嘩になって、互いに口もきかなくなる事もある。
初めのうちは私も心配したが、女将さんが、
「組長もハタチの子相手に、本当に大人げないんだから」
と、笑っているのを見ると、二人とも場の勢いで声を荒げているだけで、本当はお互いの意見をちゃんと尊重しているらしいと気がついた。
やがて、組長が良平さんを連れて、色々な関係先とかいう所に出かけるようになった。こうしておかないと、組長はまだまだ現役でいるつもりでも、まだ新入りの良平さんに自分の補佐をさせている関わりが、余計な憶測を呼んでしまうのだそうだ。
こうして組の内外に、良平さんの事が知れ渡った頃、組長は良平さんを養子として真柴の籍に入れた。女の子だからと、籍に入れてもらえない私は、ちょっと良平さんが羨ましかった。
けれど、それは嬉しい事でもあった。組長を父の様に、女将さんを母の様に慕い、良平さんを急に兄とは呼べずとも、互いが敬語を使う事が無くなり、私達は一層、家族らしくなった。
学校生活も思った以上に楽しかった。
清美がいる事も楽しかったが、高校生にもなると、狭い地域で大人たちの価値観の影響に振り回されるばかりだった中学に比べ、みんなもっと、自分の意思を尊重するようになっていた。
私の事も、色々言う人は相変わらず言うし、気にしない人はたいして気にはしなかった。偏見を向ける人も勿論いたが、私の人柄の方を重視してくれる人もたくさんいた。そういう人達との付き合いは、自分を冷静に見る事を覚えさせてくれた。私は自分の『力』を意識し過ぎることなく、友達を作る事が出来るようになり、おかげで『力』その物もコントロールが出来るようになっていった。
清美は放課後や日曜は、部活や自分の彼氏とのデートで忙しいので、私は家事の他に組のシマの商店街の店でアルバイトをさせてもらうようになり、店を訪れる客の求めているものを探ると、店の中で最も適した商品を勧めるようになった。店の売り上げは上がり、私は自分に自信を付けた。私は公私ともに充実した日々を過ごすようになった。