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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 私が真柴組に連れてこられたのは、中学に入学して間もなくの時だった。


 もともと私は捨て子で、それまでは殆んど捨てられていた神社の神主に育てられ、成長した。

 赤ん坊の時に拾われた直後は、さすがに乳児院に預けられたそうだが、育ての父である神主は私が何か特別な力を持っている事に、すぐに気がついたらしい。私を引き取って育ててくれた。


 成長と共に、私の力が人の心を読む力、「千里眼」であることが分かった。


 養父は職業柄もあるのだろうが、優しく、厳しい人だった。私とは父というよりは祖父の様な年周りだったが、人当たりがよく、行動的で、観察力に優れた人だった。

 神をあがめ、自然を愛し、何より人の世を愛した人だった。人に分け隔てなく、誰にでも親切に接する事が出来る人だった。なので私の力もごく自然に「神に賜ったもの」と受け入れてくれた。



 私は養父にはよく、叱られたものだった。養父は私のしでかすイタズラには、大抵勘づいた。


 さらには私が『力』を使おうとする時も、すぐに気がついてこっぴどく叱りつけてきた。

 子供の頃は不思議だったが、今考えればなんてことはない。小さな子供が急に何かに集中しようとすれば、おとなしくなるし、態度も変わる。おそらく何か、癖なども現れただろう。

 それに養父は、人の心の自由を守る事がいかに大切かを、幼い私にも丹念に言い聞かせてくれた。心の自由の大切さ、それに伴う孤独、そんな心を預ける事が出来る存在を得ることの難しさと、素晴らしさをたくさん教えようとしてくれた。


 そして、本当は人は孤独なんかじゃ無い。誰が心を読まなくても、神様はちゃんと人の心を知っていて、すべてを見届けて下さっている。人間にいちいち手出しや口出しをしないだけだと。




 どんな時でも神様が自分の心を知っているというのは、子供の頃には正しく生きよという戒めになったし、成長後は決して孤独になることは無いという励ましになった。

 さらに大人になると、私だけが人の心を一方的に知る罪悪感から、私を救ってくれた。そして神なんかじゃない私は、他人が自ら語る言葉を聞き、自分の心を伝えたいと思うようになった。


 私が覗く世界なんて、この世の森羅万象に比べればわずかなもの。そこに頼りたくない。

 人間には言葉がある。言霊という古代から伝わる考え方だってある。人の言葉には必ず想いがあって、力がある。それは私の覗く世界よりずっと深く大きいもの。それを伝える努力を惜しんではいけない。

 そういう事を大切にしていれば、人は孤独を恐れる必要なんてない。そして、他人に覗かれることのない心は、いつでも自由の空を駆け巡る事が出来る。私は今ではそう考えるようになっている。


 伝わる想いも大事だけど、伝えようとする心は、もっと大切なのだ。そしてそれは、必ず誰かに伝わるものなのだ。


 でも、私が真柴に来た時には、私は心を閉じていた。養父の想いは私にまだ、届ききってはいなかった。



 私が十二歳の時、養父が癌の宣告を受けた。養父は入院し、私は毎日養父を見舞った。

 神社には養父の息子家族がやって来て、息子が神社を継ぐ準備を始めた。養父に何かあったら息子が継ぐことに初めからなっていたらしいが、渋々継いだらしいのが目に見えて分かった。

 息子の方は本当は何か商売事をやりたかったらしいが、いずれ神社を継ぐ約束があるために、好きでもない仕事と修行をしなくてはならなかったと、あとから聞かされた。


 そんな息子家族だったから、心を読まないように彼らに近づかず、あまり愛想のよくない私は、どうもよく思われなかったようだ。なんだか態度が冷たく感じる。



 気まずさから私は彼らの心を覗いてしまった。真っ先に飛び込んで来た感情は、とうとう神社を継がねばならなくなった息子の恨み。それに付き合わされてしまった家族の愚痴だった。


 さらに私の事は、

(気味が悪い)

(邪魔な子)

 と言う思いが、強く、はっきりと伝わってしまった。



 これでは視線が冷たく感じたわけだ。彼らにしてみれば私は、人生半ばでやむなく継いだ稼業には、厄介な得体の知れないコブがついてきたという思いだったのだ。それが彼らの本音だった。

 私は彼らの本音を知っている事を叫びたいほどだったが、そんな事やるだけ無駄な気がした。気づく気のない相手に、言葉じゃ彼らに私の心は伝わらない。そんな思いに支配された。


 私は知りたくもない事を知ってしまい、伝えたい相手に伝える事が出来ない自分の『力』に苛立ちを覚えていた。不快な心をまきちらす他人にも、心を開く気にはなれなかった。

 養父が亡くなると、こんな人たちと家族として暮さねばならないのかと思うと、私は暗澹たる気持ちになった。勿論向こうも同じ思いでいた。


 私は心を閉じ、他人の心を遮断した。それまでこんな『力』を持っているにもかかわらず、こういう思いをせずに済んでいた、養父の庇護の大きさだけを懐かしがって過ごしていた。



 そんな中で、養父の葬儀の数日後、突然見慣れない男性が訪ねてきた。私に会いたいと言う。息子家族も知らない人らしい。


「私は君のお父さんに、君の事を任された者だ。君はこれから私と暮らす事になっている。お父さんの遺言だ」

 そう言って、その人は私にほほ笑んで見せた。


 私はわけが分からなかったが、確かにそういう遺言が残されていたらしい。息子家族はためらうことなく私を彼に預けると言った。


「三日後迎えに来ます。荷物は後で送ってください。まずこの子にはウチに慣れてもらいたいので」


 そう言って私は住み慣れた神社をあっけなく後にする事になった。もともとネコの子のように拾われて育ったんだもの。ネコの子のようにもらわれても仕方がないわ。


 私はそんな事を考えながら、約束の日に引き取られていった。半ば、ヤケだった。


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