19
数日後、良平さんの彼女がお見舞いに訪れた。その時、病室には私と女将さんがいたので、私達は席をはずそうとしたのだが、良平さんがここにいてほしいと言った。
「俺の、新しい家族だ。もう、俺、大丈夫だよ」
良平さんは彼女にそう言った。
彼女はなんと言っていいのか分からないような顔で、私達に頭を下げた。私達も無言で頭を下げる。
「親父さんの手術は、上手くいったのか?」
良平さんが彼女に聞いた。
「うん。無事に終えた。完治できるかはリハビリ次第だけど」
「それなら良かった。弟、休学させたんだろ?」
「とりあえずね。でも、必ず復学させる。私だけ短大出て、あの子に卒業させないなんて、考えられない。私、ウチの大黒柱になって見せるわ。まだ、頼りないかもしれないけど」
「お前なら大丈夫だよ。俺なんかに振り回されても自分を見失わなかったんだ。きっと家族を助けられるし、家族もお前を助けてくれる」
「良君に、振り回された事なんて、無いよ」
彼女は良平さんから視線を外しながらそう言った。足元を見ないようにしているのだろう。
「そうかもな。お前、強いから。俺が一人でうろたえただけだった。今なら色んな事が分かるんだ。お前を失って、足を無くして、家族を持って、初めて気がついた事がたくさんある。お前、俺は組の方が気に入ってるって言ったよな? あれ、当たりだった。俺が気がついていないだけだった」
彼女は目を伏せていた。そして言った。
「ごめんね。支えてあげられなくて」
「それはおたがいさまだ。それに今まで十分支えてもらった」
「私もだわ。ありがとう」
「こっちこそ」
そういう良平さんの足元を、ようやく彼女はしっかりと目に捉えた。良平さんも彼女の視線に気づくと、
「俺は大丈夫だ。足より大事な家族を手に入れた。お前も頑張れ」と、言う。
「そうね。もう、帰るわ。早く良くなってね。お大事に」
そう言って彼女は病室を後にした。
私は急いで彼女を追いかけた。よく考えたら彼女にきちんと謝っていなかったのだ。
私は彼女を呼びとめると、とにかく謝った。彼女は気にしてない、の一点張りだったけど。
「あの、どうしても良平さんとは、ダメ、ですか?」
ついつい聞いてしまう。
「ダメと言うか……、無理ね。二人ともどうしようもなくなっちゃうから」
「どうして?」
「良君が怪我をした日はね、私の父の手術の日だったの。私の気持ちがきっと、一番良君から離れた日」
あの日、それで良平さんは余計にヤケになったのかな?
「良君が職場で疎まれた時も、つらいならつらいで下手に出ればいいのに、私にカッコつけて何でもない風を装っていたの。それで余計に生意気に見られて、状況が悪くなったのよ。少しでも私の気持ちが離れると、すごくおびえるの。なのに私、それをしっかりと受け止めきれないのよ。こんなこと繰り返すから、互いが疲れてきちゃったの」
彼女は視線を遠くに向けた。思い出に浸るように。
「ずっと、高校生のままだったら、良かったのにね。大人になるのって、あっという間」
そして視線を私に戻す。
「もう、私達は解放された方がいいわ。互いが疲れ果ててしまわない内に。良君も、一人ぼっちじゃ無くなったしね」
彼女は私にほほ笑んでくれた。
「あなたもすぐに大人になるわ。良君の妹でいられる時間はほんの少しだけ。あなたならきっと互いに支え合えるようになれるわ」
言われた言葉にポカンとし、そして、慌てて否定した。
「あの、私、そういうつもりじゃ無くて」
「今はそうかもね。でも、あの時、あんなに見事にうろたえて、転んだくらいだもの。きっとそのうち、良君を意識するようになる。良君は、いい人よ。好きになる価値があるから」
そう言って私の肩を、ポン、と、たたいた。
「良君を、よろしくね」
そして彼女は背を向けて去ってしまった。
結局彼女の名前さえ、私は知らないままだった。でも、堅気の人との関わりはそのくらいでいいのかもしれない。これから高校を受けるというのに、私はすでに、堅気ではない感覚になっていた。