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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 組長が別室に入ったのはほんのわずかな時間だったが、出て来た時の顔色は、本当にひどいものだった。この人がこんな顔をしているのを見たのは、後にも先にもあのときしかなかった。

 私は驚いて組長のそばに駆け寄り、大丈夫? と、まぬけな事を聞いてしまった。どう見たって大丈夫なんかじゃないに決まってるのに。

 組長はうずくまるように近くの椅子に腰かけた。私は組長の手首をつかむ。組長の顔を見て、なんだかひどく不安にかられた。


「私は」

 組長が、ためらうように私を見た。本当は女将さんの姿を探していたのかもしれない。でも、その時女将さんは、入院の手続きに受け付けに寄っていたため、この場には来ていなかった。


「私は今、良平から足を奪った」

 私は凍りついた。手から力が抜けて、つかんだ手首を離してしまう。


「弾丸をどうしても取り除く事が出来ないそうだ。このままでは命が危ないし、時間もない。足を切断する事を認めるよう、求められた」

 組長が呆然としたまま言った。


「私は……同意した。良平の足を奪ってしまった」


 座ったまま両手のひらを見つめている。その手で覆うように頭を抱え込んだ。


「私は良平に、どうやって償えばいいんだ」

 組長は絞り出すような声で嘆いた。



 大変な手術になった。幾時間もの時が流れる中、せめて、命だけは助かって欲しいとみんなで祈っていた。私はあの日の出来事が、すべて今に繋がっているような気がした。あの時私があそこにさえいなければ。


 助かって欲しい。そして、もう一度謝りたい。まるで全てが悪夢の様だ。


 それでも長い手術の末、良平さんは助かった。一時衰弱が激しかったが、若いだけに体力が戻るのも早かった。すぐに容体は安定し、私達は彼につきそう事を許可された。

 良平さんが目覚めると、まず、医者から手術の説明があった。良平さんは黙って頷きながら聞いていたらしい。それから少し間を開けて、私達が良平さんと会った。


「なんで俺を、あのまま死なせてくれなかったんです?」


 良平さんは組長の姿を見ると、真っ先にそう聞いた。組長は良平さんを真っ直ぐ見つめていた。


「ま、どっちにしろ、俺は組を追い出されますね。組長の命に背いたんですから。どうせ行き場がないんなら、せめて死に方くらい選ばせてほしかった」


 良平さんはそう言って顔をそむける。すると、組長が言った。


「良平。お前、真柴組を継げ」


 女将さんが驚いて組長を見た。勿論私も。


 良平さんもゆっくりと組長に振り返った。


「何、言ってるんですか?」

 良平さんが目を丸くして聞いた。


「お前が真柴組を継げと言ったのだ。私達夫婦に子はいない。御子は女の子だ。いずれ組を出て行く。だが、いつかは誰かに組を継がせなくてはならない。良平、お前に組を継ぐ素質があるか、私が見極めてやる。お前は一番の組長候補だ」


「組長に背いて、馬鹿な真似をして、挙句の果てに片足になった俺を組長にする気ですか? そんなの、素質なんてある訳ない」


「いや、ある。お前は組員を身体を張って守る事が出来る。そして、ウチの本質を理解している。無茶なところはあるが、組を守ろうとする心は間違いなく強い。これ以上の素質は無いだろう」


「冷静さも、人望も、ありません。いつまたこんな事をしでかすかも分からない」


「だから見極めてやると言っている。お前は私の後継者として家族になるのだ。ただし、お前にその器が備わらなければ、私は遠慮なく他の者を候補者に上げよう。私は信じている。お前は私達の家族になりうる奴だと」


「本気ですか、組長? 足のない組長なんて聞いたことがない」


「足があっても根性のない奴は沢山いる。組長に必要なのは、組を守る根性だ」


「あんたが俺を足無しにしたんじゃないか! あんたが同意しなけりゃ、俺はこの世とおさらば出来たんだ!」


「おさらば出来ずに残念だったな。私はもう決めた。観念しろ。さあ、帰るぞ」


 そう言って組長は私達を部屋から追いやった。戸を閉めると、「一人にしてやろう」と言う。




 でも、私は病室に引き返した。今こそ私の『力』を使う時。きっとこれが正しい『力』の使い方だ。


「良平さん。私にあなたの心を覗かせて」

 私の言葉に良平さんが驚いた顔をする。


「覗いてどうするんだ?」


「どうもしないわ。良平さんの心を知りたいだけ。同じ思いを味わいたいの。どんなに辛くてもかまわないから」


 そうだ。今、気がついた。誰かと思いを分かち合う。私にはそれが出来るんだ。

 良平さんがどんなに苦しんでいるか、絶望しているか、せめて共に分かち合ってあげられる。それがこの『力』の長所に違いない。


 私は覚悟をして『力』を使った。



 良平さんの心に、絶望は無かった。そこに合ったのは、感謝。初めて心を通いあえる家族を手にする事のできる事への、感謝の念しかなかった。良平さんは照れ臭そうに目をそむけた。


「ありがとう。私達と家族になる事を望んでくれて」


 私は涙をこぼしながらそう言った。


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