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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 そして、その日の朝が来てしまった。その前日にいつも顔を出す組員の何人かが姿を現さなかった。

 私が気になるくらいだから、他の人達はもっと気になったのだろう。朝食の後、朝の報告の席で、事務所で組長にどういう事なのかと皆が詰め寄った様だ。

 そのせいかいつもの報告よりも、皆、長く事務所にとどまって、なかなか出てこなかった。時折大声でどなる声も聞こえる。何か殺伐としたやり取りがあったのは間違いなかった。


 みんなが事務所を出てきても、誰も何があったかは教えてくれない。


 それでも一晩中見回りをしたり働いたりしていた人たちは、疲れた体を休めに部屋に戻ったし、これから仕事がある人はいつも通りに出て行った。

 そうなると組の雰囲気も落ち着きを取り戻し、私も気になりながらも学校へと向かう。

 授業を終えて帰宅すると、組の雰囲気はすっかりいつも通りだった。私は孝之さんに今朝、何があったのかと尋ねたが、良平さんを中心に若い組員達が組長に意見したので騒がしくなっただけだといい、それ以上の事は教えてくれない。

 私はあれ以来バツが悪くて良平さんと口を利いてはいなかった。だから組長にどんな不満があったのかは分からない。でも、先輩たちを差し置いて良平さんが組長に意見するなんて、ただ事とは思えなかった。

 けれども組長が私に組の仕事に関しては一切知らせないようにと常日頃言っているから、これ以上の事を教えてもらえないのも分かっている。

 いっそ誰かの心を覗いてみようか? 一瞬、そんな考えが頭に浮かぶ。だけどすぐに思い出した。良平さんがあの日に見せた物凄い目つき。ダメだ。とても覗けない。

 良平さんも組に来て、いつの間にか変わっていた。睨んでも迫力がないと笑いあっていたのは、つい、この間の事だったのに。



 実はあの朝、良平さん達はウチの中堅で腕に覚えのある組員が、借金と家族の安全をネタに何人も麗愛会に引きぬかれた事を知らされたのだ。麗愛会はいくら喧嘩を仕掛けても食い下がるウチにたいして業を煮やし、ウチを内側から切り崩す事にしたようだ。

 ウチは規模が小さい分、事情のある者で固まっているので結束は強い。だが、それだけに人のつながりを断ち切られると大きく痛手を被ってしまう。そこを狙われたのだ。

 こんな事を繰り返されたら、ウチは間違いなく崩壊に追い込まれる。しかも麗愛会は容赦がないので有名だ。義理や仁義がどこまで通用するか分からない。連れて行かれた組員達も心配だ。

 こうなったら殴りこんででも組員達を取り戻し、これ以上、組に手出しをされないようにしたい。

 良平さん達若い組員は、そう、いきり立ってしまったのだ。


 だが、勢いだけで乗り込んでもおそらくは勝ち目がない。相手の懐では当然こっちの分が悪い。引き抜かれた組員達も人質に使われるだろう。それに麗愛会は銃のルートに詳しい事も問題だ。なんの策もなく飛び込んでいくのはあまりに無謀だった。

 ウチも今まで全く手をこまねいていた訳ではなかったらしく、麗愛会の事はかなり詳細に調べていた。

 ここは発足したての新興勢力で、内部はまだ不安定。遊技場や闇金を牛耳る事でのし上がってきた連中と、街の暴走族や裏情報をあてにする企業とのつながりや詐欺を利用する人脈に長けた連中との間に、常にひずみを抱えていた。闇金がらみの借金で、組員を引っ張って行った今回のやり方はおそらく前者のグループで、人脈グループの出方はまだ分からない。

 もし、この二派の対立が大きいものなら、ウチはそこにつけいる隙がある。そこがはっきりするまでは、引っ張られたウチの組員にはつらいだろうが、しばらく耐えてもらってチャンスを待った方がいいと言う結論に至った。誰もが組員達の身を案じていたのだが、今、強引な真似をして組が全滅してしまっては意味がない。そして、そこまでしようとも、金の問題はどうしようもない。借金をチャラにする事は出来ないのだ。


 しかしそれでは連れて行かれた組員達の、身の安全は保障されない。若い組員達はそこを心配し、組長に突っかかった。特に良平さんは組長に強く意見したらしい。時を置けばかえって相手に次の策を練る猶予を与えかねない。むしろ急襲をかけた方がいいと突っ張った。だが、勿論そんな無茶を組長が許すはずもなく、勝手な真似をしたものは組を追い出すと言って、話を打ち切ったそうだ。

 本来なら一番の若年者の良平さんが組長に意見をするなんて、とんでもないことのはずだった。良平さんもいつもだったらそんな礼儀知らずな真似などしない人だ。組長も驚いたらしい。

 若さからカッとなって、そんな言葉が出たのだろうと組長達は思ったようだ。だから、朝の内は若い組員達が黙って無茶をしないように、みんな気をつけて様子をうかがっていたのだが、時間と共に落ち着きを取り戻したようなので、夕方頃には自分たちの仕事に忙殺されたり、身体を休めたりで、組の雰囲気はすっかりいつもの物に戻っていた。勿論私には何も知らされず、不安は感じても目前に迫った受験を無視する事も出来ず、いつも通りの勉強を始めていた。


 その時にはすでに、良平さんは単独行動に出ていたのだろう。わずかな隙をつき、組を抜け出し、たった一本のドスだけを懐に忍ばせ、一人麗愛会の本部へと足を運んでいたらしい。

 私達がその事を知ったのはすべてが終わった後だった。良平さんが運ばれた病院で、命の瀬戸際をさまよう手術が行われている時に、その手術室の前でようやく何があったのかを聞かされた。本部に連れ去られていた組員が、その、一部始終を見ていたのだ。


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