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私はがぜんやる気が出た。本気で高校に行きたいと思った。正直私は進学には迷っていた。最近組の懐事情が悪化している気がしたのだ。
それはきっと麗愛会がウチのシマを荒らしているせいに違いなかった。見回りに行った組員が生傷を追って帰ってくるようになったし、時には病院に行くほどの傷も負っている。
孝之さんは新米の良平さんにドスって言う短刀の使い方を教え始め、二人で庭先で練習するようになった。私は彼らのそういう姿を見ると、以前、ナイフを使っていた麗愛会のチンピラ風の男を思い出すのでいい気はしない。その時はなるべく庭を見ないようにしていた。
それでも狭い場所なので声は聞こえてしまう。どうも良平さんはこういう事に向いているらしく、孝之さんは盛んに褒めていた。
「きっと親父さんの血筋だろう。あんたの親父さんはドスの喧嘩が得意だったと聞いているから」
その、お父さんのせいで、巡り巡って良平さんはここに来ちゃたのよね。そして、お父さんと同じ短刀を持って、あの、チンピラたちみたいに喧嘩をするんだわ。そして、そういう事をして守ったシマから受取ったお金で私は進学させてもらおうとしているんだ。
私はとても複雑で、進学はしなくていいと組長に言ったが、一言で却下され、話も聞いてもらえなかった。当然、女将さんは組長に賛成だ。
私は年配の孝之さんと、一番若い良平さんの両方に相談した。
「たしかに俺達の稼ぎはいい金とは言えないが、行かせてもらえるなら進学はした方がいいです。高校生活は大事だから」
やはり孝之さんもそう言った。
「でも、高校って普通のところじゃなくても、定時制とか、通信制とか、独学すれば学校行かなくても試験だけ受けて資格が取れる方法もあるみたいじゃない? そうすれば組も手伝えるし仕事もできる。無理に高校に通うよりずっと安上がりに済まない?」
「学校は勉強を習うだけのところじゃありませんよ。御子ちゃんの年じゃまだまだ視野が狭いから、小さな世界に閉じこもっちゃだめだ。高校は未成年者が大人に守ってもらいながら、いろんな人と出会ったりいろんな事を知る大事な場所なんです。大体仕事と言ってもここから通わせてもらえる仕事なんてないでしょう? 組長が御子ちゃんをここから出すとは思えないし」
言われてみればそうだ。中学を出たばかりの未成年者が、こういう所から通いたいと言って雇ってくれる職場があるとは思えない。下手をすれば職場に迷惑もかけかねないだろう。それに何と言っても保護者の許可もいるだろうし。組長は絶対許可なんかしてくれない。
良平さんも、
「高校は行った方がいいだろうな。同世代の堅気の事を知る大事な場所だし、いろんな奴等に会える。俺も学校に行っていたから、今の彼女と出会えたんだし」と言った。
その時点では、受験も仕方なく受け入れなくてはならないことだと思っていたが、一緒に通いたいと言ってくれる娘がいるだけで、私は一気に真剣になった。こんな風に言ってくれる清美のために、絶対に合格したい。高校に行ったら、こんな人との出会いがもっとあるかもしれない。
ここは組長に甘えさせてもらって、高校に通おう。少しでも組の負担を減らせるように、変な後ろ指を指されないように、出来るだけいい成績を収めよう。でないと組が学校を脅しただの手をまわしただのと言いだす人が出るだろうから。
こうして私の生活は受験勉強一色になった。掃除や洗濯も最低限にとどめ、時間が取れれば図書館にも通った。
でも、組の状況は悪化する一方のようだった。みんな私には気を使って何にも言わずにいたけれど、女将さんが事務所から帳簿の様なものを持ち出してはため息をつきながら組長の部屋に入っていったり、組長も眉間にしわを寄せて難しい顔をする事が増えた。
孝之さんと良平さんが呼びだされる事も増えてきた。きっと麗愛会の嫌がらせが悪化しているに違いない。たとえ二人が追い払っても、こんなに喧嘩沙汰が頻繁に起こっては、お店に影響があるに違いなかった。それでも二人が喧嘩に出るのは、きちんと店を守り切ってウチの組を信頼してもらうためだろう。 組長がそうそう表に出る訳にはいかない。うっかりすればかえって麗愛会を刺激してしまう。だから、今や二人はこの組にとって欠かせない存在となってしまっていた。
それでもどうにか組は年を越し、正月もすぎて私の受験も押し迫ってきた。
その日、私は学校の委員の仕事を後輩に引き継ぐためのこまごまとした雑用で帰る時間が遅くなってしまった。来月になれば早いところは入試が始まる。入試を終えれば卒業式まであっという間らしいので、三年生はこういう雑用を今のうちに終わらせる必要があった。でも、冬の短い日は、すぐにも暮れようとしている。
暗くならない内に帰らないと、みんなに心配をかける。私は途中にある公園を突っ切ってしまう事にした。ちょっと行儀は悪いけど公園の柵を乗り越えて、木陰から走りだそうとした。
その時、聞き覚えのある声が耳に入った。思わず足を止める。
「無理だ。今、俺が組を抜けたら間違いなく真柴は麗愛会にいいようにされるだろう。それに、今更俺、足を洗えない」
そこには良平さんと前に見た写真の彼女がいた。何か深刻な話の様だ。
「でも、事情が変わったのよ。私だけのことならかまわないわ。良君がどうしてもと選んだ道に文句は言えない。だけどお父さんが倒れた今は、家族に心配かけたくないの」




