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その数日後、私はその二人組をまた、買い物帰りに見かけてしまった。
『あいつらが何考えているのか分かればなあ』孝之さんの言葉を思い出す。
私は彼らに少し近づき、目の鋭い男の方の心を探った。心が読めるギリギリくらいの距離だ。
(やはり固い、いいシマを持ってやがるな。真柴は)
あ、やっぱりウチを意識してるんだ。
(華風との抗争もこうも力が拮抗しては消耗戦だからな。あっちにばかり力を注ぐより真柴を狙った方が、効率がいいかもしれない)
ええ? ウチを狙う? 狙うって、何かされるのかしら?
その時男の視線が自分に向いて、私は慌てて下を向いた。そのまま靴ひもを直すふりをして、男の視線がそれると、さっさと歩きだした。しばらくしてから振り返ったが、男達の姿は無い。
私は急いで組に戻り、孝之さんを捕まえた。
「大変大変。あのね、さっき麗愛会の奴等がいて、目つきの悪い方の心を覗いたらね」
「誰の心を覗いたって?」
その声にぎくりとする。私の後ろには組長がいたのだ。
「御子、誰の心を覗いたのかと聞いているんだ」
じろりと睨まれて私はおずおずと答えた。
「麗愛会の男です。前に、買い物の途中で見かけた事があって」
組長はむっつりしたまま私に言った。
「御子、来なさい」
抵抗できる雰囲気じゃない。私は黙ってついて行く。組長は私を自室に入れ、正座をさせる。
「お前が心を読む事を、養父はよく思っていなかった。私もよく思っていない。人の心は覗いてはいけないもの。私がそう考えている事を知っているな?」
「はい」
「まして私は言った。組の事に首を突っ込むなと。お前はまだ懲りないのか?」
「でも、私、組の役に立ちたいんです。この力を使って」
「そんなものは無用だ。お前はここの組員じゃない。こんな事に力を使うなんてもってのほかだ」
「なぜそこまで人の心を覗いちゃいけないの? 全部を見るんじゃないわ。みんなの役に立つ所をほんの少し見たいだけなのに」
組長は悲しげな顔でため息をついた。
「今に分かる。少しと思っても人の欲求はそう簡単に割り切れるものじゃない。その力は使わないに越したことは無いんだ」
組長はさらにため息をついた。だが、私に問いかけて来る。
「それで、麗愛会の奴は何を考えていたんだ?」
結局聞くんじゃない。そう、思いながらも組が心配で私は素直に答える。
「華風との抗争が消耗戦だから、ウチを狙った方が効率がいいって」
「そうか。だが、心配はいらない。ウチの奴に手を出させたりはしない。安心しなさい。それより安易に人の心を覗くな。必ず辛い目に合う日が来る」
組長は悲しい目のまま言った。
二年生に進級した時、クラス替えがあった。そして、クラスの女子生徒は騒然となった。
学年で一番、カッコいいと言われる男子生徒がそのクラスにいたからだ。
その彼と授業の課題で私は同じ班になった。地域の産業について調べ、班ごとに発表すると言う課題で、発表役は勿論彼だ。私は一番地味な図書室での調べ物の担当を受けもった。
ところが彼が頻繁に私を手伝ってくれた。一番のメインの発表会で彼は責任を負わされるんだから、こういう地味な仕事に時間を割かなくていいと言ったのだが、彼はかまわず資料作りを手伝ってくれた。二人で一緒の時間が増える。と、同時に噂もたってしまった。
彼が私に気があるらしいと、いろんなところでささやかれていた。好奇心や嫉妬、やっかみなどがこそこそと飛び交う。
こういう子と噂が立って気にならない訳がなかった。悪い気もしない。当然私も意識し始める。
それまでの私なら、きっと余計な期待は抱かなかった。何より自信もなかったし。しかし、組のみんなに可愛がられて、私はささやかな自信を持つようになっていた。ちょっとした事で印象が違うんじゃないかと、髪型を変えてみたり、しぐさに気を使って見たりするようになる。
こんな時は甘い空想とまさかという思いが交錯する。たぶん、ここまでは誰もが同じ思いに駆られるのだろう。
ただ、私は誰もと同じじゃなかった。彼の心を読めるのだ。
自分が何らかの期待を持って人の心を読んでも、大抵失望する。ロクなことにはならない。今までもそれは十分学んでいたはずだった。でも、恋は盲目。ほんのちょっとだけなら、そんなにひどいことは無いんじゃないかと勝手に自分の心を納得させてしまう。要は誘惑に負けたのだ。
結果は最悪だった。ただの勘違いならまだ良かった。
私はその筋の関係者で、おまけに勘がいいらしいから、目立ちがちな自分に悪印象を持たれないように先手を打って好印象を植え付けて置こうと彼は思ったらしい。
それでもまだ許せたが、彼の偏見はひどすぎた。組には若い男性も多いので、私はとっくにそういう相手といろいろ経験済みで、かなりのすれっからしに思われていた。だから逆に平気で近づく事も出来たのだ。こういう軽蔑のされ方は初めてだったので、かなりグッサリときた。
心をのぞけば相手の弱点や悪癖なんて、すぐにわかる。この時ばかりは欠片も躊躇しなかった。
私は彼が直せずにいる癖の、鼻毛を抜く瞬間のまぬけ顔をこっそり写真に撮り、彼の片思いの娘の机に放りこんだ。そして彼には二度と口も聞かず、近寄りもしなかった。