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千里眼の御子  作者: 貫雪
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 コロン、コロン。


 私はいつも身につけているお守り袋の中から、小さな金属の塊を取り出して、手のひらの上で転がしてみる。その感触を確かめるように。


 隣ではまだ赤ん坊の真見がぐっすりと寝入っている。昨夜、少し夜泣きをしたせいだろう。台所からはハルオと今日は休みらしい香が昼食の準備をしている声が低く聞こえてくる。

 この時間は深夜まで営業している店に関わったり、見回りに出ていた者達はまだ眠っているし、日中の露店などを切り盛りする者達は仕事の真っ最中で、店に出払っている。

 事務所も人影がまばらで、お義父さんと良平以外は、たまに誰かが報告に顔を出すぐらいだ。


 組の中がいちばん平和な時間。私は真見の横でつい、うとうとしてくる。


 いけない。大事なお守りの中身、無くしでもしたら大変だわ。私は金属の塊を元の袋に詰め直す。良平の足を貫き損ねた、その弾丸を。


そしていつものように身につけると、そのまま思い出の中へと心を沈めていく。



 事件があった日はその年一番の寒さで、夜には雪になるだろうと言われていた。

 日中の薄日が差す時間でも、あまり気温は上がらず、しっかりとストーブを焚かないと部屋の中にいても寒かったが、組の中はさらに寒々しい、不安な空気が流れていた。


 一番若い良平を中心とした一部組員が、組長に突っかかっていたのは知っていた。だが当時私はまだ十五歳の入試を来月に控えた受験生で、組の事務所はおろか、組長の部屋にさえ無断で近づく事を禁じられ、部屋にこもって勉強しなければならなかった。


 ただ、前日に顔のなじんだ何人もの組員の姿が忽然と姿を消したので、ただ事ではない事が起こっている事だけは分かっていた。

 あまりに不安なので『力』を使おうかどうしようかと迷っていたが、組長と彼らは話がついたらしく、皆、自分の部屋に戻って行ったので、私はもう少し様子を見ようと、自分の勉強に取りかかった。


 しばらく経って、何か温かい飲み物でも飲もうと自室を出ると、『力』を使っているわけでもないのに、何とも言えない、嫌な予感に襲われた。

 こっそりと事務所を覗くが、いつもと何ら変わりはなかった。それでも落ち着かなくて若い組員の部屋に顔を出すと、良平の姿がないのに気がついた。


「良平さんは?」


 部屋で漫画雑誌を読んでいる若い組員に聞く。私は組長の娘のように扱われているので、組員達は皆、親切だった。


「あれ? どっかその辺にいませんか? トイレにでも行ったのかな?」


 組員はそう言ったが、絶対、トイレなんかじゃない。私は確信があった。良平さんはもう、組の中にはいない。


 どうしよう? 組長に言おうか? でも、良平さんは組長ともめてたみたいだし。余計なお世話かもしれない。だけど。



 心の中に嫌な予感は広がるばかり。私は我慢できずに組長の部屋の前で声をかけた。



「組長、すいません。良平さんが見当たらないんですが」


「良平が?」

 組長は即座に聞き返した。


「あの、私、嫌な予感がするんです。組長の心を覗いた訳じゃないんだけど、どうしても落ち着かなくて」


 言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、本当だから仕方がない。


 部屋の障子が開き、組長が出て来る。奥に女将さんの心配そうな顔がちらりと見えた。


「いつからいないんだ?」


「分かりません。さっき部屋を覗いたら、もういませんでした。だいぶ前からいなかったのかも知れません」


「まずいな。事務所を見てみよう」


 そう言って組長は事務所に向かう。私は何がまずいんだろうと思いながらついて行ったが、事務所の前に来たところで、ちょうど扉が開いた。


「あ、組長! 大変です! 良平の奴が麗愛会本部に一人で殴りこみをかけました!」


 組長が目を見開き、私は息を飲んだ。


「それで良平はどうなったんだ?」

 組長が叫ぶ。


 組織の本部にたった一人で殴りこみをかけて、無事で済むはずがない。


「分かりません。いま、本部前は騒然としているそうです。警官や救急車が駆けつけて、一人銃で撃たれたらしいって話もあります」


 それを聞いた若い組員が、

「畜生! すぐ、助けにいきましょう!」

 そう言って飛び出そうとしたが、組長が抑えた。


「もう遅い。全て終わった後に違いない」


 その時、事務所の電話が鳴って、すぐに組長がでた。短いやり取りが交わされる。


「良平が銃で撃たれて、病院に運ばれたそうだ。かなり危ない状態らしい。誰かすぐに車を出してくれ」


 組長の言葉にさっき、助けに行こうと言っていた組員が、車のキーをつかんで出て行った。私は慌てて保険証や印鑑を取りに行く。ああ、悪い予感が当たってしまった……。


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