第1話 ブラック小隊での覚醒と、初めての『物理的監査』
自分が感じている会社でのストレスが滲みですかもです。。。
「この出来損ないがっ! 貴様のような無能は、息をしているだけで部隊の士気が下がるんだよっ!」
豚のように丸々と太った男――王国騎士団第七小隊の小隊長であるバッカスが、醜悪な顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
彼の太い腕が、僕の首をギリギリと締め上げていた。
「ぐっ……、が……」
酸素が足りない。視界が明滅し、意識が遠のいていく。
ここは王国騎士団における左遷部署、通称『掃き溜め小隊』。そして僕は、その小隊に配属されたばかりの平民出身の少年兵、アレンだ。
彼が激高している理由は、極めて些細なことだった。
バッカスが要求した無茶苦茶なスケジュール――本来なら複数人で一週間はかかる書類整理と武器の手入れを、「一人で明日までに終わらせろ」という命令に対し、「物理的に不可能です」と進言しただけ。
たったそれだけで、激高した上官に首を絞められているのだ。
(ああ……また、か。また僕は、理不尽に殺されるのか……?)
薄れゆく意識の中で、唐突に『別の記憶』が奔流となって脳内に流れ込んできた。
連日連夜のサービス残業。鳴り止まないクライアントからのクレーム電話。そして、上司からの終わりのないパワハラと精神的暴力。
そうだ。思い出した。
僕は前世、地球という世界で『社畜』と呼ばれる労働者だった。
来る日も来る日も会社の利益のために身を粉にして働き、睡眠時間を削り、胃薬を水で流し込みながらパソコンに向かい……最後は、デスクに突っ伏して過労死したのだ。
せっかく異世界に転生して、新しい人生を得たというのに。
配属された先が、前世を凌駕するほどの『超絶ブラック職場』だなんて、何の冗談だろうか。
首に食い込むバッカスの指の力が、さらに強くなる。
呼吸ができず、首の骨が軋む音が脳内に響いた。
「死ねっ! 口答えするようなゴミは、ここで処分してやる!」
バッカスのその言葉を聞いた瞬間、僕の奥底で何かが決定的に『キレた』。
前世でさんざん理不尽に耐え、命まで奪われた僕が、なぜまたこんな豚のような上司の機嫌取りのために殺されなければならないのか。
冗談じゃない。
ふざけるな。
もう二度と、理不尽な権力になんて屈しない。僕の命は、僕の労働は、僕自身のものだ。
『――条件を満たしました。ユニークスキル【アンチ・ハラスメント】が覚醒しました』
脳内に、システム音声のような無機質な声が響いた。
同時に、身体の奥底から爆発的な力が湧き上がってくるのを感じる。
「……コンプライアンス違反です、小隊長」
「あぁん? 何を訳の分からないことを……」
僕は、首を絞め上げていたバッカスの太い腕を両手で掴んだ。
「指導の範疇を超えた暴力、ならびに不当な業務命令。労働基準法……いや、騎士団の服務規程に照らし合わせても、完全なアウトです」
ギリッ、と僕が手に力を込めた瞬間、バッカスの顔が驚愕に歪んだ。
「痛っ……!? き、貴様、何様のつもりだ……っ!」
「ただの一兵卒ですよ。ですが、これより不適切上司に対する『物理的監査』を実行します」
スキル【アンチ・ハラスメント】――それは、対象の『権力による理不尽』を数値化し、それに比例した圧倒的なステータス補正を僕に付与する力だった。
バッカスの日頃のパワハラ、横領、部下への暴力。それらの『ブラック度』が、今の僕に凄まじい筋力と魔力を与えている。
「離せっ! この出来損ないがっ!」
「出来損ないはお前だ、バッカス」
僕はバッカスの腕を強引に引き剥がし、そのまま彼の胸倉を掴んで、巨体を軽々と持ち上げた。
「ひっ……!?」
「業務改善の第一歩は、腐ったマネジメント層の意識改革からです。まずは、その身をもって『部下の痛み』を理解してもらいます」
そのまま、床に向かってバッカスの巨体を思い切り叩きつけた。
ドゴォォォォンッ!!
「ぐべぇっ……!?」
石造りの床にヒビが入り、バッカスがカエルのように潰れた悲鳴を上げる。
肺から空気を吐き出し、白目を剥いて痙攣する小隊長を見下ろし、僕は冷たく言い放った。
「監査終了。……少しは頭が冷えましたか?」
「あ、あ、あ……」
バッカスは恐怖に顔を引きつらせ、震える声で呻くことしかできない。
スキルによる圧倒的な実力差を脳髄に刻み込まれた彼は、今この瞬間だけは完全に僕に服従する状態になっていた。
「……ふぅ」
僕は乱れた息を整えながら、ズキズキと痛む首元に触れた。
おそらく、酷い痣になっているだろう。この絞殺未遂の痕は、当分隠しておかなければならない。適当なスカーフでも探すとしよう。
倒れ伏すバッカスと、散らかったままの執務室。そして、絶望的な労働環境の第七小隊。
「……仕方ない。自分の命と定時退社を守るためだ」
僕は前世の記憶――『社畜としてのホワイト化ノウハウ』を総動員し、この最悪のブラック小隊を根底から立て直すことを決意した。




