第1話―4 待ち合わせ
いまは華の金曜日、時間は夜23時を回ったところである。曇り空で星は見えないが、予報では雨は降らないだろうとのこと。円は待ち合わせ場所に指定した、とある峠のふもとにあるコンビニに来ていた。その峠を少し登ったところに、地元ではちょっと名の知れた心霊スポット、通称「峠の廃ホテル」があるのだ。
週末ともなれば円が危惧したあの手の輩も出没するかもしれないが、いまは少しも恐れていなかった。なぜなら自分にはとても頼りになるボディガードがついているから。
有明省吾――3日前に出会った、あの男子学生の名である。
あの日、省吾は円の渾身の問いかけにしばらく考えたあと、こう返した。
「心霊スポットとはなんですか?」
オカルトマニアの円にとって、それは衝撃的な質問だった。この日本に住んでいて、心霊スポットという言葉を知らないなんてことが、果たしてあるのだろうか?こいつ本当はわかってて、適当に煙に巻こうとでもしているのではないか?そう思って省吾の目を見た。そこにあるのは一分の曇りもない澄んだ眼。
「あのね、心霊スポットっていうのは幽霊がよく目撃される場所のことね」円は丁寧に説明した。「廃墟とか、トンネルとか、お墓とか、その手の噂があるところだよ。あっ、さすがに幽霊はわかるよね?オバケ」
「はい、幽霊はわかります。毎年お盆に先祖の霊を迎えますから」そう言って、どうもわからないといった様子で首をかしげる。「でもどうして、その心霊スポットなんかに行くんですか?」
こう聞かれると円は弱い。なぜと問われればそれは幽霊を見たいからだが、そんな欲求が他人に受け入れてもらえるだろうか?しかもこんな、心霊スポットすら知らなかったような人に。しかし、いま円は仲間を得ようとしているのだ。ここは真摯に答えるべきだろう。
「あのね、私、どうしても幽霊を見てみたいの。だから心霊スポットを探索したいんだけど、ひとりで行くのも物騒でしょ?だから⋯⋯いっしょにどうかなって⋯⋯」最後は消え入りそうな声でそう言った。
「なるほど」
「なるほどって、それだけ?」勇気を振り絞って答えただけに、円は抗議の声をあげる。
「いや、すいません。つまり珍しいものが見たいと、そういうことでしょうか?それならわかります」
「ああ、うん、まあ、そんな感じかな」円としてはそう単純な話でもないのだが、ここらへんが落としどころだろうと、いろんな言葉を飲み込んだ。
「それで心霊スポットというのは危ないところだから、私にいっしょに行ってほしいと。具体的に何が危ないんでしょうか?」
こいつ一人称「私」なのかよ、と一瞬思ったが、そこはまあよしとした。
「怖いオバケが出るとかそういうのはむしろいいんだけど、ああいうところってヤンキーとか浮浪者とか反社会的組織とかに遭遇することがあるみたいなんだよね。それが怖くって」
それを聞いた省吾の瞳が一瞬燃え上がったように、円には見えた。
「闘いが、起こるかもしれない?」
「まあそうね。そういう人たちに襲われたら怖いから、ボディガードしてほしいの」円は思い切ってこう言った。
あとは話が早かった。円の願いと、省吾の闘争に身を置きたい気持ちがうまく合致したのだ。
省吾は日々空手の研鑽を積みながら、自分自身を持て余しつつあった。大学の空手部を「空手ダンス」と揶揄したものの、独りでいてはそのダンスすらうまく踊れないのだ。省吾は敵が欲しかった。自分の鍛えた技を存分に振るえる敵が。
円はそれから毎日、省吾の站椿を眺めながら昼食をとった。近場の心霊スポットをあれこれ説明しながら、どこに行こうか吟味した。省吾はそれにはさほど関心を示さなかったが、円が来るのを迷惑がりもしなかった。
そしていま、円はついに念願が叶うかもしれない興奮を身のうちに秘めながら、コンビニでコーヒーを啜っていた。スマホで今日行く「峠の廃ホテル」の情報を最終確認している。あまりに集中しすぎて待ち人の接近に気付くのが遅れてしまった。
「神谷さん、お待たせしました」
円はその声にハッとして顔を上げた。するとそこには――夜の照明を反射して、やけに白く輝く、空手着に身を包んだ有明省吾が立っていた。




