第4話―1 翌日の立ち話
公園墓地の探索から一夜明け、その日の昼休み少し前、神谷円はサークル棟入り口で有明省吾と待ち合わせをしていた。この日、円は2限目が空きだった。それで図書館でしばらく時間をつぶしてから、けっこう早めにやってきたつもりだったが、省吾はすでに直立不動で待っていた。
「おはよう、おまたせ、有明くん」円は軽い調子で声を掛ける。「今日もちゃんと立ってるね」
「はい。こんにちは、神谷さん」省吾は、円のわかってる風な言葉に嬉しそうな顔をする。
ふたりが出会ってからまだそれほど時は過ぎていないが、円の、慣れた相手に対するおかしな距離の詰め方と、省吾の素直な性格がうまく作用して、関係はやけに良好だった。まるで長年付き合った相棒のように(円だけが一方的に)冗談を飛ばした。
それでも落ち合うのに ”待ち合わせ“ が必要なのは、ふたりが未だに連絡先を交換していないからなのだが。タイミングはこれまでにいくらでもあったはずなのに、なぜか円はそれを思いつかなかった。それは省吾にしても同じではあるが、まあこちらはそもそもスマホなど持っているのかも不明である。少なくとも円は彼がその手のものを触っているところを見たことがなかった。
「もう来てるってことは、有明くんも2限目空きだったんだね。いま来たの?」
「いえ、1限目があったんで朝から来てました」
「あっ、私といっしょか。なら時間潰しにもうちょっと早く約束しといたらよかったね。空き時間なにしてた?」
「いつもの教室は空いていなかったんで、中庭で稽古していました」
(中庭って、また人目につきそうなとこで⋯⋯)中庭は学生たちのパブリックスペースとして、常に誰かしらが利用している。そんな場所で稽古って、一体なにをしていたんだろう。
「やっぱり稽古ってあれ?たん⋯⋯とう、やってたの?」円は一応聞いてみる。
「いえ、今日は型の稽古をやりました」
「型っていうとあれだよね、前オリンピックでやってたやつ。ビシッビシッって」円はかすかに記憶の片隅にあった映像を再生した。
「ああ、はい。ああいうのです」省吾は肯定したが、ここからが大事とでもいうように、念入りに付け加える。「しかしあれは、人に見せるために手を加えられたものですからね。見栄えのよい動きが足されていて、本来意味のあった部分がボヤケてしまっていたりします。型はそもそも自分ひとりで稽古するためのものですから、他人の目を気にするのがおかしいんですよ。最強の空手家と言われた本部朝基は⋯⋯」
あー長い長い。誰だよ、もとぶちょうきって。円は省吾の長広舌を聞き流す。とにかくあの、オリンピックの空手の型の動きをもう少し地味にしたようなのを、衆目にさらされながらひたすらやっていたのだろう。なんという鋼のメンタル。人の目が怖くて仕方のない円にとってはありえない行為である。幽霊よりもゾッとする光景だ。
「お~い、神谷さ〜ん、有明く〜ん」
長々と立ち話をしていたふたりに呼びかける声がした。見るとオカ研会長の三浦弥幸がエコバックのようなものをぶら下げて歩いてくる。そのバックには大きな◯の中に ”オ“ と書いてあった。おそらくオカ研の備品なのだろう。
「来てくれたんだね、ありがとう」弥幸はニコニコと微笑みながら礼を言う。
「あ、ども」と円。
「こんにちは」省吾は目上の人への礼を欠かさない。丁寧に頭を下げる。
「部室開いてるから中で待っててくれてもよかったのに」弥幸はそれに手を振って応え、こう言った。
「いや、たまたま有明くんの話が長引いちゃっただけなんで」円は弁解する。
「あっ、昨日の話はダメだよ。いまからするんだからね」こんなことで弥幸の顔が少し険しくなった。
「いや、そういうのじゃないんで」円はもう弥幸にもかなり慣れてきていた。たとえ厳しい表情をしていても、この人はただの残念イケメンだとわかっている。すでに顔色をうかがうことはない。あのギャルさえ横にいなければ。
「とにかく、部室に行って始めようよ」弥幸は追い立てるように急かしてくる。「さあさあ、さあさあ」
弥幸はふたりの背中をポンと叩いて前に立った。円はやれやれといった面持ちで、省吾とともにサークル棟へ入っていった。




