第3話―エピローグ
弥幸の軽四駆は公園を出ていちばん最初に見つけたコンビニの駐車場に入った。薄く開いた眼に飛び込んできた明るい光と人の気配が、凛子の固く食いしばったままのあごの筋肉を緩めた。そしてようやく自分のいまの状況を確認することが出来た。後部座席で円にもたれかかり、彼女の右手を両手でしっかりと握りしめているという状況を。
ハッと顔を上げて円の表情をうかがう。円は凛子に右手と肩を貸してはいたが、そんなこと気にもとめていない――というよりその虚ろな表情は、円もまた、いまの状況を理解していないのだ。隣で慌てて姿勢を正し、体面を繕おうとする凛子のことも見ていなかった。
円はいまそれどころではなかった。あの時自分が取ろうとした行動について、何度も頭の中で反芻していた。いくらなんでもあれはやりすぎだった。どうしてあそこまでの衝動がわいてきたのか?円にもさっぱりわからない。だいたいあの電話を取ったとして、自分はなにをするつもりだったんだろう。
「とりあえずなんか飲み物でも買ってくるね」弥幸が全員に声をかける。「リクエストある?」
「あっ、じゃあ⋯⋯お茶をお願いします。できればあったかいの」凛子が答える。普通ならいっしょに行くと言い出すところだろうが、いまはまだうまく立ち上がれる気がしなかった。
「⋯⋯私も同じので」円もようやく我に返り、そう返事をした。
省吾はいつも通り、自分は持っているからと、リュックから水筒とプロテインのボトルを取り出した。
弥幸が去ってから誰も声を出さなかった。省吾がプロテインを飲んで喉を鳴らす音が、やけに円の耳についた。
ずっと考え続けた円だったが、結局は自分があの時おかしくなっていたのだと認める他なかった。怪談話などで当事者が、誰がどう見ても不合理な行動を取ることがあるが、あれも同じなのだろう。怪異からなにかしらの影響を受けていたのだ。あの時、もし自分が電話に出ていたら、いったいなにが起こっていただろう。
そういえば――円は顔を上げ、省吾を見る。彼はなにか聞いたのだろうか?電話に出てから、自分といっしょにそこを離れるまで、明らかに変な行動があった。そもそも日頃から先制攻撃を戒めている省吾だ。彼が手を出したということは攻撃されたと判断したからではないか?
「あのさ、有明くん、あの時電話出たよね。あれ、なんか言ってた?」円は問う。
省吾は振り返ってまっすぐ円を見つめると、首を振って答えた。
「いえ、聞こえてきたのは雑音と、なんとなく人が呻いているみたいな⋯⋯アーとかウーとか、そのくらいですね」
(声聞いてるじゃねえか!)円は胸の内でツッコんだ。この期に及んでもまだ、それを聞きたかったという欲求がわいてきたが、そのまま質問を続ける。
「じゃあさ、あれ、電話機ぶん殴ったじゃない。攻撃したってことはさ、攻撃されたってことだよね?」
「はい、あの時、受話器を置こうとしたんですが、手が離れなくなったんですよ。それで見ていたら、だんだん熱くなってきて、なんか火傷したみたいな痛みがありました」省吾は滔々と説明した。
「えっ、手は大丈夫なの?」円は取り乱す。
省吾は右の掌を円に向け、「はい」とだけ言った。
円はその手を取ってじっくり観察したが、見た感じ痕などもなく、問題なさそうだ。フゥと息をつく。
「反撃したってことなんだね」
「はい、空手に先手なしですから」
その時運転席のドアが開いて弥幸がシートに座る。それから少し慌てた様子で円たちに話しかけた。
「ちょっとちょっと、大事な話を僕抜きでやってないよね?」弥幸の顔は珍しく笑っていない。「ダメだよ、これから動画見ながら検討会やるからね」
全員がえっという風に弥幸の顔を凝視した。
「いや、さすがにそれはまた今度にしましょうよ。もう疲れたし⋯⋯」円は隣の凛子を視線で示す。
凛子はそれに反応し首を振る。
「私ぜんぜん大丈夫だし。先輩、ぜんぜんぜんぜん付き合いますから」
いくら弥幸でもこれが強がりだということくらいはすぐにわかったようだ。凛子にウンウンと頷くとすぐに前言を撤回した。その代わりクドいくらいに、明日お昼部室に集合と念を押す。
円としては部員でもないのだし、そんな指示に従う必要はないのだが、仕方がない行ってやるかと思った。入部する気にはまだなれないが、今日もいろいろあって、まあ楽しかった。苦手なギャルも、ヤツの恋路を邪魔しないかぎりはそう敵意を向けてもこないだろう。
それに――この集まりに付き合っていれば、まだまだなにか起こりそうな、そんな予感がするのだった。
第3話 了
あとがき
ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
新たに登場したキャラはけっこうよく動いてくれるので、書いていて面白いやつです。ぜひご愛顧いただけたらと思います。あと次回、さらに変な人が増えますんでお楽しみに。
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