第2話―7 侵入!古トンネル
それから3人で進んでいくと、程なく目的の古トンネルが見えてきた。両側から苔むした山が迫り、圧迫感のある細道の先に見える煉瓦と石造りの入口。明治時代のもので古びてはいるが、どことなく異国風のモダンなデザインだ。たしか有形文化財だかなんだかに登録されているらしい。これはたしかに趣がある、と円は思った。
「なんかすごいですね。風格があるというか」省吾は自分で懐中電灯のライトをあちこち動かしながら感嘆の声をあげる。
この前の廃ホテルもそうだが、省吾は古い建築物に関心があるようだ。円が見たところ、空手関連以外で積極的なリアクションを示すのはこれくらいだった。
「まだ世の中が機械化される前に作られた構造物だからね。どことなく手造りの味みたいなのを感じるね」弥幸も省吾に同調する。
ここまでの道のり同様、トンネル内に灯りはない。ライトを当てながら入口を覗き込むと、ずっと先まで続いた闇が、ついにはその光をすべて呑み込んでしまうかのようだった。
円はここでハッと気がつく。そうだ、撮影だ。また忘れるところだった。円は荷物を下ろすと、持ち手のついた棒状の器具を取り出した。これはジンバルというらしい。
円は前回の経験を踏まえ、必要な機材としてこれをピックアップした。スマホを装着すると自動で移動時の上下の揺れや、手ブレを補正してくれるのだという。いつも心霊スポット配信などで見ていたが、自分がそれを手にすると、なにかいっぱしのストリーマーにでもなった気がした。
「あっ、撮影もするんだ?いい映像撮れるといいね」弥幸が声を掛ける。
円は弥幸に共感はしてもまだまだ慣れず、あいまいな笑顔を返した。
まあそれはさておき、準備は万端だ。いまからこのトンネルを歩いていく。そのことを思うと恐怖心もあるにはあるが、それ以上に、抑えきれない胸の高鳴りを覚え、円は身震いするのだった。
「じゃあ行ってみようか」という弥幸の声に反応して、円は自然と最初の一歩を踏み出す。やはり彼女の衝動は先頭の位置を譲らない。たとえ大学のオカ研の会長が相手だとしても。
円のヘッドライトが照らすトンネル内部は、一応まだ現役なだけあって荒れた様子はなかった。アーチ状の天井や壁面は煉瓦がずらりと積まれている。現在の基準では頼りなくも映るが、これで100年近くの時の経過を耐え抜いてきたのだ。省吾の漏らした感想の通り、まさしく ”風格“ を感じさせる建造物だった。
周りを見回しながらゆっくりと、3人はトンネルの中間あたりまでやってきた。前を見ても後ろを見ても、まだ暗闇だけが続いている。そんな時、円は首筋をすうっと風が撫でていったような感じがした。こんなところで?と思って立ち止まる。うしろを振り返るが、風が見えるはずもなく、特に異常は感じられない。しかし――
「いまなにか、風のようなものを感じませんでしたか?」省吾が問いかけた。
やはり気のせいではなかったか、と省吾に頷いて、弥幸の反応を確認する。
「えっ、そう?ぜんぜん気がつかなかったなあ」と弥幸は笑う。
2対1。多数決なら円たちの勝ちだが、この少人数では意味がない。なにかの現象か、それともただの気のせいか、まだどちらとも取れた。とりあえずは、さらに警戒を強めて、再び歩き出す。
全体の3分の2ほど過ぎただろうか、ライトの光の先に薄っすらと丸い出口の枠が見えた。出口が見えるとやはりホッとする。少し気を抜いたその時――また風を感じた。円はすぐ後ろを行く省吾の顔を見る。彼も頷きを返す。
立ち止まったそのあたりで、なにか空気がまとわりつくような感覚を覚える。これはつい先週、廃ホテルで感じたものに似ていた。円の肌が粟立つ。
省吾はゆっくりと懐中電灯を巡らす。すると後方、すでに通り過ぎた場所に一瞬違和感があった。
「有明くん、あそこ、照らしてみて」スマホを構え、円が指示を出す。
ちょうどいま、弥幸が立っている後方3メートルほどの場所に、小さな黒い塊のようなものがあった。それはライトの光を浴びても輪郭がはっきりとせず、細部はあいまいなままだ。
それでも円はそれが人影だと直感した。動きもしないそれは、円の目にはうずくまる子どものように見えた。




