第2話―3 ふたりでドライブ
その週の土曜、夜20時過ぎ、円は軽自動車で省吾との待ち合わせ場所に向かっていた。省吾の家の近くだというコンビニの駐車場へ入ると、店の入口あたりに人影が見えた。まあそうだろうなと思ってはいたが、暗闇でも白くぽっかり浮かび上がる、空手着を着た有明省吾だった。
窓から手を振って合図すると、省吾はすぐに気づいて車に乗り込んだ。
「わざわざ迎えに来ていただいて、ありがとうございます」省吾は頭を下げながら丁寧に礼を言う。
「いいのいいの、私の都合なんだから」寛大な態度なようだが、そう、100%円の都合である。
会話しながら、道路へ出て、車の流れに乗って進んでいく。
「あの、これレンタカーですか?私も半分出しますよ」
「ああ、結局ね、昨日実家に戻って、お母さんの車借りてきたの。だから気にしなくていいよ」
「実家ってけっこう近いんですか?」
「まあ、無理すれば車とか電車で通えない距離じゃないんだけどさ、毎日だときついかなあって」
そんな話をしながらも、円は慣れた手つきで車を操作している。驚いたことに、円の運転に関する自信は根拠のあるものだったようだ。助手席の省吾もはじめは不安で少しドキドキしていたが、円の様子を見て、いまはすっかりリラックスしていた。
「今日行くとこだけどさ、昨日のお昼にもちょっと話したけど、まあまあ名の知れたスポットだからね。また幽霊見れるかもよ」
「トンネルなんですよね?」
「旧道の古いトンネル」
旧S広隧道は明治時代に開通した古いトンネルだ。当時難所だったS広峠の交通の便を改善するために作られた。これにより人・ものの交流が盛んになり、地域に大いに益したという。その後自動車の普及を受けて新道と現在のS広トンネルが開通したため、いまでは利用する者も少なくなったが、一部の愛好家からは心霊スポットとして知られている。
「そういう古いトンネルってね、いまと違って人力で掘ってるじゃない?だから建設中にけっこう人死が出てるらしいのね。それでいまでも幽霊の噂が絶えないってわけ。でも不思議なのが⋯⋯」
円は長々と、大学でもした説明を繰り返し話していたのだが、いつになく省吾の反応が薄いことに気がついた。いや、いつだって省吾はそう乗り気というわけでもないのだが、相づちくらいは返してくれるのだ。しかしこの時、やけに静かだった。
まさか車に乗るとすぐ寝てしまうタイプか、と目の端で確認すると、省吾はなにやら歯を食いしばっていた。胸の前でお祈りするみたいに手を合わせ、右手と左手が互いに全力で押し合っている。
「えっ、もしかしていま筋トレやってる !? 」
省吾はフゥと息を吐くと、なんでもなさそうに「ああ、はい」と応えた。
「いや、なんで筋トレやってんの?」
「ただ座ってると物足りなくないですか?それで⋯⋯なんです?不思議がどうのって」
一応話は聞いていたらしい。しかし円にとって、いま一番不思議なのは横に座っているこの男である。運転中でなければ、省吾の顔を穴が空くほど見つめたことだろう。
「ああ、うん、それで不思議なのがね⋯⋯」
「あっ、ちょっとすいません」省吾はそう言いながら、おもむろにシートを倒し始めた。
「なに?寝るの?いまから?」円はもうなにがなんだかわからない。
省吾は倒したシートにお尻以外の部分を浮かせて、その体勢をしばらくキープした。数十秒経って、またフゥと息をつく。
「やっぱり、これいいですよ。腹筋に効かせられます。車の中でもいろいろできますねえ」
もうなにも言うまい、なにも驚くまい。円はそう決心して車の運転に集中した。




