第87話 未完成
世界樹の内側において、
時間はもはや直線ではなかった。
一日が一年に等しく、
一年が一瞬に圧縮される。
だが、ただ一つだけ確かなものがあった。
残り三ヶ月。
それは猶予ではない。
猶予に見せかけた、最後通告だった。
精霊女王・未完成
サラのステータスには、
確かにその文字が浮かんでいる。
《精霊女王》Lv5(不完全)
四精霊王と並び立つ資格は得た。
だが、支配も統合も、まだ出来ない。
命令すれば反発が起きる。
無理に力を引き出せば、精霊が砕ける。
――“王”ではあるが、
まだ“戴冠”していない。
世界樹は、はっきり告げていた。
『今のままでは、暗黒竜にも、暗曜帝国にも届かぬ』
一柱目――雷水神《ヴァル=ネレイオス》
最初の精霊神は、
戦いを許さなかった。
雷が落ちる前に、
水が世界を満たす。
攻撃ではない。
存在圧そのものが死を招く。
サラは精霊術を展開するが、
Lv5では“同調”が足りない。
四精霊王を同時に呼び出すことすらできず、
精霊たちは苦しげに唸る。
「……まだ、足りない……」
ユウトが前に出る。
剣を振るわない。
勇者スキルも使わない。
ただ、雷水の中で立ち続ける。
雷が身体を裂き、
水が肺を圧迫する。
二秒で死ぬ――
はずだった。
だが、大地の精霊王ベヒモスが、
無言で踏みとどまる。
三十秒。
それだけで、限界だった。
雷水神が、初めて興味を示す。
『……人と精霊が、ここまで耐えるか』
それは勝利ではない。
**「生存の認可」**だった。
二柱目――爆炎神《グラ=イグニス》
次は、完全な破壊。
ここでは、
精霊女王Lv5は無力だった。
炎を制御する前に、
世界が焼き切れる。
サラは悟る。
(……私が“王”だからじゃない)
(まだ、“女王として認められていない”)
精霊は従わない。
助けようとして、共に燃え尽きる。
ユウトが叫ぶ。
「サラ! 支配するな!」
「“願え”!!」
その言葉に、
サラは初めて膝をついた。
「……お願い」
命令ではない。
対等な祈り。
炎は止まらない。
だが――逸れた。
爆炎神が嗤う。
『まだ王ではない』
『だが、確かに“王になる器”だ』
これもまた、
通過許可に過ぎない。
三柱目――溶岩神《マグ=バルド》
最後の精霊神は、
“戦うこと”そのものを拒絶した。
大地が崩れ、
空間が裂ける。
ここでは、
精霊女王Lv5は役に立たない。
精霊神は言った。
『未完成の王よ』
『力を得る前に、何を失う覚悟だ』
サラは答えられなかった。
代わりに、ユウトが前へ出る。
風雷神の剣を、
地面に突き立てる。
「……俺が失う」
剣でも、魔法でもない。
責任を差し出す宣言。
溶岩神は、沈黙した。
『……人が、そこまで背負うか』
それ以上、攻撃はなかった。
三ヶ月の終わり
三体の精霊神は、
いずれも倒れていない。
だが、
ユウトとサラは、生きて立っていた。
世界樹が告げる。
『精霊女王:Lv5維持』
『完全解放には至らず』
『だが――資格は保持』
サラは、悔しそうに唇を噛む。
「……まだ、半分」
世界樹は、静かに続ける。
『残り三ヶ月』
『精霊女王をLv10へ』
『仲間を集めよ』
『一人では、この世界は守れぬ』
扉の奥で、
次の層が動き始めていた。
これは勝利ではない。
“敗北しなかった”だけの物語。
だが――
神話に挑む資格は、確かに得た。
次は、
逃げることすら許されない戦いが待っている。




