第86話 精霊樹の裁定
――残された三ヶ月
嵐が静まった後だった。
風魔神テンペストは消え、
世界樹の根は再び、静かな白の光に満ちている。
だが、空気は軽くならなかった。
むしろ――
“猶予が終わった”重さが、場を支配していた。
ユウトとサラの前で、
世界樹の幹が、ゆっくりと脈打つ。
『――聞け』
声は、厳しかった。
優しさも、慰めもない。
世界そのものの判断。
『ユウト』
名を呼ばれた瞬間、
ユウトは背筋を伸ばす。
『そなたの経験値は、今後“必要となる”』
『ゆえに、これ以上使用するな』
はっきりとした命令だった。
『そなたの勇者スキルには』
『すでに、“二刀流”が存在する』
ユウトの脳裏に、
ステータス画面が一瞬だけ走る。
見覚えのない項目。
【勇者スキル:二刀流(未解放)】
喉が、鳴った。
『これ以上、力を足す必要はない』
『いや――』
世界樹の声が、低く沈む。
『足してはならぬ』
佑都の記憶が、はっきりと浮かぶ。
(……そうだ)
(TRPGでも、RPGでも)
(力を積みすぎたキャラは――)
(“世界を壊す側”になる)
今の自分はどうだ。
剣術10
精霊術10
魔法10
僧侶10
勇者10
神器。
神話級武器。
精霊神すら味方につけられる存在。
(……王じゃない)
(もう、破壊神に近い)
その自覚が、胸を刺した。
『佑都』
世界樹は、名を変えて呼んだ。
『そなたは、すでに“十分すぎる”』
『これ以上は、仲間を持て』
『一人で背負う世界ではない』
次に、声はサラへ向けられる。
『精霊女王』
サラの肩が、わずかに震える。
『――否』
『そなたは、まだ“不完全”だ』
はっきりと断じられた。
『精霊女王のスキルは、現在“五”』
サラは、息を呑む。
『完全解放は、十』
『あと、半分だ』
世界樹の枝が、ゆっくりと揺れる。
『ゆえに』
『経験値二倍の指環を、サラに渡せ』
ユウトは、即座に理解した。
世界樹の指輪。
経験値2倍、MP自動回復。
――自分が持つべきものではない。
彼は迷わず、指輪を外し、サラの手に乗せた。
触れた瞬間、
サラの周囲に精霊たちのざわめきが広がる。
『残り、三ヶ月』
『この歪んだ時間で』
『精霊女王スキルを“十”まで鍛えよ』
『さもなくば』
声が、冷たくなる。
『暗黒龍には勝てぬ』
『暗曜帝国にも、届かぬ』
⸻
その言葉は、逃げ場を奪った。
今のままでは足りない。
はっきりと。
『そして――』
世界樹の声が、さらに重くなる。
『仲間を探せ』
『一人では、この世界は守れぬ』
ユウトは、唇を噛む。
それは、ずっと分かっていた。
だが、
強くなるほど、
周囲が“守る対象”にしか見えなくなっていた。
(……違う)
(並び立つ者が、必要だ)
『残り、三ヶ月』
『その間』
『精霊神、三体と戦え』
サラが、思わず声を上げる。
「……戦え、って……!」
『倒せとは言わぬ』
『生き残れ』
『認められよ』
それだけ告げて、
世界樹の声は静かに遠ざかる。
沈黙。
白い空間に、
二人の呼吸だけが残った。
ユウトは、剣を見下ろす。
(……もう、力を足す話じゃない)
(どう使うか)
(誰と使うか)
(何を守るか)
サラが、小さく息を吸う。
「……ねえ、ユウト」
「うん」
「私、まだ足りないんだって」
笑おうとして、失敗した表情。
「……悔しいわ」
ユウトは、はっきりと答えた。
「だから、三ヶ月ある」
視線を合わせる。
「一緒に、完成させよう」
「精霊女王を」
サラの目に、炎が灯る。
「……当然でしょ」
「未完成のまま、終われるわけない」
嵐の先。
暗黒龍。
暗曜帝国。
そして、まだ見ぬ仲間たち。
残り三ヶ月。
それは猶予ではない。
最後の準備期間だった。
世界を救うための――
最終段階。




