第八話 名もなき英雄(噂・第一報)
人間族七カ国防衛同盟が結成された。
だが、それは勝利宣言ではなかった。
剣の国を失った世界で、
ようやく「次は自分たちだ」と理解したに過ぎない。
その頃――
辺境では、別の話が静かに広がり始めていた。
「聞いたか?」
酒場の片隅で、冒険者が声を潜めた。
「黒耀帝国の斥候を、子供が追い払ったらしい」
「……は?」
向かいの男が、眉をひそめる。
「冗談だろ。
今、辺境に出てる連中は、本物だぞ」
「だから噂だ」
冒険者は肩をすくめる。
「村が焼かれる直前だった。
ゴブリンの群れに、オーガが一体」
「助かった理由が――
“気づいたら倒れてた”だとさ」
笑いが漏れる。
だが、すぐに止んだ。
「……でもよ」
別の男が、低く言った。
「村は、残ってる」
沈黙。
事実だけが、残った。
別の町。
防壁の修復を手伝っていた兵士が、
同じ話をしていた。
「剣を振るったのは、少年だったらしい」
「冒険者じゃないのか?」
「分からん。
名乗らなかったそうだ」
「名も、所属も?」
「何もだ」
ただ一つ、共通している情報があった。
「……一緒にいたエルフが、
異様に強かったらしい」
「エルフ?」
「ああ。
一射で魔物を仕留めたって」
その言葉に、兵士たちは顔を見合わせた。
それは、熟練者の技だ。
だが、名が出ない。
称号も、記録もない。
⸻
噂は、形を変えながら広がっていく。
「剣の国の生き残りだ」
「同盟の先触れじゃないか?」
「いや、ただの流れ者だ」
「神の加護を受けた子供だって話もある」
どれも、確証はない。
だが――
助けられた村が、確実に存在している。
それだけが、噂を消さなかった。
同盟本部。
集められた報告書の片隅に、
小さな追記がなされた。
《辺境にて、
正体不明の協力者を確認》
それだけ。
名前はない。
年齢も、出自も、不明。
ただ――
剣の国が消え、
英雄という言葉が重くなった世界で。
誰にも知られず、
誰にも求められず。
それでも、
剣を振るう者が現れ始めていた。
名もなき英雄。
その噂は、
まだ小さく、弱い。
だが――
確かに、世界の片隅で芽吹いていた。




