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『昔やっていたテーブルトークRPGの世界に転生し、精霊に好かれるところから始めます』  作者: ゆふぉん


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第80話 絶対絶命

竜巻と稲妻が近づいた、その瞬間だった。


空気が「裂ける」。

肺に入った酸素が、冷たい刃に変わって喉を削った。


見上げた天井は、もう天井ではない。

渦だ。

暴風が柱になって立ち上がり、そこへ白い稲妻が何十本も絡みつく。


竜巻は“回転している”というより、

空間そのものを巻き取っていた。


雷は“落ちる”のではなく、

世界の法則を縫い止める針みたいに走っている。


近づくだけで、皮膚が痛い。

髪が浮き、砂が舞い、耳の奥が破裂しそうになる。


「……っ!」


サラが息を呑んだ。

弓を構えたまま、足が一瞬止まる。


矢は――無意味だ。

この風圧なら、放った瞬間に軌道がねじ曲がる。

稲妻が触れれば、矢は“燃える”より先に、世界から消される。


ユウトは剣を構えた。

精霊王の剣が熱を持つ。


イフリートの炎が、剣身に赤い線を走らせる。

だが、その赤さが、薄い。


(……水気が強すぎる)


この層の空気は、湿っている。

いや、湿っているというより、世界が水の理で満たされている。

炎が中心に立てない。


クラーケンの力――切断と拘束――が、刃に冷たい感触を付与する。

だが、風と稲妻は、掴めない。

縛れない。

裂いた先が、すぐに“戻る”。


それでも剣を振るうしかない。

そう思った瞬間、ユウトの背筋を刺す“確信”が生まれた。


(……これ、当たったら終わる)


防御も、回避も、判断も関係ない。

一撃で終わる。


竜巻が「伸びた」。


距離が縮むのではない。

竜巻の中心が、こちらへ移動した。


稲妻が走り、空間に白い傷が増える。

砂浜が剥がれ、床が割れ、視界が歪む。


サラの喉が、かすかに鳴った。


「……ユウト」


名前を呼ぶ声が、震えていないのが逆に怖かった。


ユウトは、答えない。

答える余裕がない。


全身の本能が、同じ結論を叩き出していた。


(守りが必要だ)


だが、盾がない。

壁がない。

時間もない。


その時――サラが、一歩だけ前に出た。


弓を持ったまま。

後衛が前へ出る、それだけで異常だ。


「……大地よ」


声は低く、短い。

詠唱ではない。


お願いだ。


精霊術は、魔法と違う。

言葉で世界を命じるのではなく、“関係”で力を借りる。


サラの瞳が、真っ直ぐに地面を見つめる。


「ベヒモス――力を貸して」


次の瞬間。


大地が、鳴いた。


ズン、と腹の底に響く音。

地面が盛り上がり、白い根の大地が裂ける。


そこから現れたのは――影。


いや、影ではない。

影よりも重いもの。


巨大な四足。

岩と山を固めて作ったような輪郭。

背には、地層の縞が走り、角は黒曜石のように鈍く光っている。


大地の精霊王――ベヒモス。


喉の奥から、低い咆哮が漏れた。

言葉はない。

だがそれは、“宣言”だった。


――ここから先は通さない。


ベヒモスが一歩踏み出す。

その足音だけで、地面が歪む。


同時に、竜巻と稲妻がぶつかってきた。


ゴォォォッ――という音は、もう音ではない。

世界が削れる音だ。

空間が剥がれ、砂が消え、根が裂かれる。


ベヒモスは、背中を丸めた。

角を前へ。

土の巨体で、ユウトとサラを覆い隠す。


その瞬間、ユウトは理解した。


(……盾じゃない)


(これは、城壁だ)


竜巻がぶつかる。

稲妻が刺さる。


ベヒモスの体表が、削られていく。


岩が砕ける音。

地層が剥がれる音。

石が“泣く”音。


さらに――裂かれる。


稲妻が走った場所が、切り裂かれたように開く。

大地の精霊王ですら、雷の“法則の刃”は防ぎきれない。


サラの肩が跳ねた。

彼女は弓を握ったまま、歯を食いしばる。


「……っ、耐えて……!」


答えはない。

ベヒモスは喋らない。


ただ――耐える。


暴風が、ベヒモスの背を削り続ける。

稲妻が、骨格の奥まで貫こうとする。


そのたびに、ベヒモスの巨体が揺れる。

踏ん張る足が、地面を割る。

ひびが走る。

根が砕ける。


そして――


絶叫。


言葉ではない。

叫びですらない。


大地の悲鳴だ。


ベヒモスの喉から漏れたその音が、ユウトの骨にまで響いた。

胸が痛い。

呼吸が止まりそうになる。


サラが一瞬だけ目を閉じた。

その瞼の裏に、きっと“地上の村”が浮かんだのだろう。


守ると決めた世界。

守ると決めた命。


そのために今、精霊王が削られている。


竜巻がさらに太くなる。

稲妻が増える。


空間が震え、守りの内側ですら砂が舞う。


ユウトは剣を握り直した。

守られている間に、考えろ。

ここで死ぬわけにはいかない。


だが――守りの時間は短い。


世界樹が言った言葉が、頭をよぎる。


(二秒と持たぬ)


ベヒモスが耐えているのは、その二秒を“延ばしている”だけだ。


サラが叫ぶ。


「ユウト、今のうちに!」


ユウトが頷いた、その瞬間だった。


ベヒモスの体表が、限界に達した。


砕ける音が、連鎖する。

岩が剥がれ、地層が裂け、角が欠ける。


稲妻が背中を貫き――


ベヒモスの巨体が、ひときわ大きく揺れた。


守りの壁が、崩れかける。


サラが息を吸った。

何かを言おうとして、言葉にならない。


その代わり、彼女は両手を胸の前で組み、もう一度だけ願った。


「……もう少し……!」


ベヒモスは、最後の力で踏み込んだ。


ズン――ッ!


大地が、ひとつ鳴る。

その衝撃で、竜巻の軸がわずかにずれる。

稲妻が一瞬だけ散る。


たった一瞬。


けれど、その一瞬がなければ、守りは崩れていた。


ユウトの喉が鳴った。


(……三十秒)


守り続けている。


あり得ない。


精霊王の守護は強い。

だが、相手は風魔神の魔法だ。


神話級の破壊を、三十秒も受け止めるなど――常識の外だ。


その時、ベヒモスの輪郭が、揺らいだ。


石の身体が、砂のように崩れ始める。

巨体の端から、粒子となって剥がれていく。


召喚の限界。


契約の限界。


“ここまで”だと、世界が告げている。


ベヒモスが、もう一度だけ咆哮した。


叫びではない。

命令でもない。


それは――“終わりの合図”。


暴風神の魔法は、三十秒で消える。


世界樹の内部。

封印の理。

この空間では、神話級の“連続維持”が許されない。


竜巻が、急速に薄くなる。

稲妻が、白い線から霧へ変わり、ほどけていく。


空間の傷が、ようやく閉じ始める。


だが――


ベヒモスも同時に消えていく。


巨体がほどけ、石が砂になり、砂が光になる。

最後に残った背中の輪郭が、ゆっくりと崩れ落ちた。


砕かれ、裂かれた音だけが残る。


そして――静寂。


ベヒモスがいた場所には、巨大なひび割れと、削れた大地だけが残っていた。


ユウトとサラは、その場に立ち尽くした。


守られた。


生き残った。


だが、その代償が、胸に重く沈む。


サラが小さく呟く。


「……もう、今日は……呼べない」


ユウトは、頷いた。


言葉が出ない。


ベヒモスは消えた。

そして、嵐は――消えたわけではない。


ただ、終わった。


次が来る。


扉の向こうには、まだ“本体”がいる。


ユウトは剣を握り直し、息を吐いた。


砂埃の向こうで、空間がまた、わずかに歪む。


風が――笑っている。


(……ここからだ)

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