第七十八話 ――精霊に選ばれし者
世界樹の内側は、いつもより静かだった。
戦いの痕跡は消え、
折れた枝も、焦げた大地も、
まるで最初から存在しなかったかのように白く均されている。
その中心で、サラは一人、立っていた。
弓を背に、剣を腰に、
足元には、風、水、火、土――
四属性の精霊が、言葉もなく集っている。
従属ではない。
召喚でもない。
**「そこにいるのが当然」**という距離感。
それが、すでに異常だった。
サラは、自分の内側を見つめていた。
魔力の流れ。
精霊との接続。
詠唱の速度。
判断の速さ。
すべてが――
これ以上なく、噛み合っている。
(……ここまで、来たのね)
息を吸う。
深く、静かに。
恐怖はない。
迷いもない。
あるのは、「責任」だけ。
光が、彼女の前に浮かび上がった。
――ステータス更新中――
表示される文字は、淡く、だが確かだった。
•弓術:Lv10
•剣術:Lv10
•魔法:Lv10
•セージ:Lv10
•精霊術:Lv9 → Lv10
最後の数字が変わった瞬間、
空気が“鳴った”。
音ではない。
世界が、一段深く息を吸った感覚。
精霊たちが、同時に反応する。
風が渦を巻き、
水が脈打ち、
火が揺らめき、
大地が応える。
だが、暴れない。
祝福でもない。
確認だ。
――この者は、ここに立つ資格があるか。
サラの視界に、新しい表示が浮かぶ。
《上位称号候補:エレメンタル・クィーン》
《状態:未解放》
その文字を見て、サラは――
微笑んだ。
「……ええ」
小さく、しかしはっきりと。
「拒まないわ」
精霊たちが、わずかに揺れる。
彼女は続けた。
「でも、今じゃない」
王冠を拒む者の言葉ではない。
力を恐れる者の言葉でもない。
“まだ座るべきではない”と理解している者の声だった。
精霊の一柱――
風が、ほんの一瞬だけ強く吹いた。
問いではない。
承認だ。
《エレメンタル・クィーン:解放条件達成》
《発動保留中》
世界樹の根が、静かに脈動する。
拒否は、されていない。
選ばれていないのでもない。
ただ――
サラ自身が、まだ王座に手を伸ばしていないだけ。
その時、背後で足音がした。
ユウトだった。
何も言わず、
ただ隣に立つ。
サラは視線を前に向けたまま、言う。
「……ねえ」
「うん」
「私、精霊に“使われて”ない?」
ユウトは即答しなかった。
少し考えてから、静かに答える。
「使われてたら、今ここに立ってない」
「……そう」
サラは、わずかに肩の力を抜いた。
精霊たちは、散らない。
彼女の周囲に留まり続ける。
それはもう、
**“使役”ではなく、“陣営”**だった。
女王を待つ者たち。
だが、王座は空席のまま。
今はまだ――
弓を引き、剣を振るい、
ユウトの背中を支える場所に立つ。
サラは、弓に手をかける。
「……行きましょう」
「うん」
世界樹の奥、
嵐の気配が強くなる。
風魔神テンペスト。
神話の残骸。
そしてその先にある、
本当に女王が必要になる戦場。
サラは、まだ戴冠しない。
だが――
精霊たちは、すでに知っている。
彼女が“拒まなかった”という事実を。




