第六十八話 指輪
戦いが終わったことを、音ではなく“静けさ”で理解した。
耳鳴りのように残っていた衝撃が消え、
大地の震えも、空気を裂く圧も、すべてが引いていく。
世界樹の根元。
白く淡い光に包まれたその場所で、ユウトは剣を支えに膝をついていた。
精霊王の剣が、ゆっくりと色を変えていく。
赤――炎。
蒼――水。
褐――大地。
三つの光が、互いを拒まない。
イフリート。
クラーケン。
ベヒモス。
それぞれが王であり、
それぞれが世界を壊し得る存在。
そのすべてが、一本の剣に“収まっている”。
「……揃った、のね」
少し離れた後方で、サラが呟いた。
弓を地面に下ろし、息を整えながら、
それでも視線は剣から離さない。
精霊王の剣は、もう暴れていなかった。
力はある。
だが、制御されている。
まるで――
“持ち主を選んだ”かのように。
その時だった。
世界樹の根の隙間から、
音もなく、一つの宝箱が現れた。
誰かが運んできたわけではない。
最初から、そこにあったかのように。
ユウトが近づくと、
宝箱は自然に蓋を開いた。
中にあったのは、二つの指輪。
ひとつは、木目のような紋様を持ち、
触れた瞬間、温かさが伝わってくる。
――世界樹の指輪。
世界樹に認められた者だけが使える、伝説級。
経験値の流れを加速させ、
魔力を絶えず循環させる。
もうひとつは、
驚くほど静かな指輪だった。
――命の指輪。
一度だけ、死を拒むためのアーティファクト。
ユウトは、迷わなかった。
命の指輪を手に取り、
サラの方を振り返る。
「……サラ」
「なに?」
「これ、君が持って」
彼女は一瞬、目を瞬かせた。
「……私?」
「うん。前線は俺が立つ」
「サラは後ろで、弓と精霊術に集中してほしい」
言葉は淡々としていた。
だが、彼女には分かった。
これは“指示”じゃない。
“信頼”だ。
サラは指輪を受け取り、
静かに頷いた。
その時、ユウトはもう一つの指輪――
回復の指輪に視線を落とした。
そして、ゆっくりと外す。
「……これも」
「え?」
「世界樹がいる。俺は大丈夫だ」
「でも、あなた……」
「サラの方がMP消費が激しい」
彼はそう言って、
彼女の手を取った。
そして、何の迷いもなく――
彼女の薬指に、回復の指輪をはめた。
世界が、一瞬、止まった。
「…………」
サラの顔が、みるみる赤くなる。
「……ちょっと……」
「?」
「……その位置……」
声が、震える。顔と長い耳が真っ赤に
「それ……婚姻を意味するんだけど……」
ユウトは固まった。
「……し、知らなかった……!」
サラは視線を逸らし、
小さく息を吐いた。
「……今は、いいわ」
「生き延びる方が先だから」
そう言いながらも、
指輪を外そうとはしなかった。
精霊王の剣が、静かに光る。
炎と水と大地。
三つの王が揃い、
剣は新たな段階へと至っていた。
――精霊王三重解放。
――災禍創成。
――精霊王支配域。
そのすべてが、
まだ“完全”ではない。
だが、確かに世界は変わった。
ユウトは剣を握り直す。
サラは弓を構え、後方に立つ。
前線と後方。
破壊と支援。
二人の位置は、自然に定まっていた。
世界樹が、何も言わずに見守っている。
それが、最大の承認だった。
この先、待つのは混沌だ。
だが――
今の二人なら、進める。
精霊王の剣と共に。




