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『昔やっていたテーブルトークRPGの世界に転生し、精霊に好かれるところから始めます』  作者: ゆふぉん


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第六十七話 世界樹に認められた者

大地が、静まった。


揺れていたはずの床は、いまや石の板のように冷たく、動かない。あれほど耳の奥まで響いていた“世界の軋み”が消えたせいで、逆に自分の呼吸音が不自然に大きく聞こえる。肺に空気が入る。吐ける。たったそれだけで、さっきまでの絶望が夢だったみたいに思える――けれど、膝の震えと、喉の乾きだけは嘘をつかない。


ユウトは剣を地面に突き立てたまま、額から流れた汗を袖で拭った。汗が冷えて、背中に薄い痛みが走る。視界の端でサラが膝をつき、弓を支えにして息を整えていた。矢筒の中はほとんど空だ。火の精霊を好まない彼女が、それでも炎を借りた。その代償が、顔色に残っている。


言葉は要らなかった。


生きている。立っている。隣にいる。


それだけで十分なはずなのに、剣の握りに宿る重さが、勝利を許さない。これは「勝った」という軽い感情では終われない戦いだった。大地の精霊王ベヒモス。あれは敵ではなく、世界の“基盤”そのものだった。倒したというより、役目を終わらせた。剣で斬ったというより、到達してしまった。自分が何か取り返しのつかない境界を越えた感覚が、まだ掌に残っている。


その時だった。


視界の中央、空中に、薄い光が浮かぶ。文字だ。いや、文字というより“概念が形になった表示”に近い。世界樹の内部で何度も見てきた、あの表示。けれど今回は、いつもより静かで、重い。


――経験値を獲得しました――

1000 × 29

9999

(大地の精霊王ベヒモス討伐)


数字が並ぶ。だが、いつもと違い、嬉しさが先に来ない。数字の列が「点数」ではなく「行動の痕跡」だと、身体が先に理解していた。二十九層。積み上げた戦い。消耗。判断。間違い。成功。仲間を守るための選択。逃げるより前に出た回数。危険を見て、なお踏み込んだ回数。全部が、この数字に詰め込まれている。


そして最後の「9999」。桁が違う。重みが違う。これは“討伐の報酬”ではない。世界が、世界樹が、「ここに到達した」という事実を、刻印した数字だ。


ユウトが息を飲んだ瞬間、数字がほどけるように光へ変わり、胸の奥へ流れ込んできた。痛みはない。ただ、身体の内側が静かに組み替えられていく感覚がある。骨格の芯が一本増えるような、視界の焦点が合い直すような、剣を握る前提が変わっていく感覚。


――ステータスが更新されます――


表示が切り替わると同時に、剣が“軽く”なった。軽いというのは違う。重さは同じだ。むしろ増している。それなのに、扱うための抵抗が消えている。腕力で支えていたのが、身体の軸で支える感覚に変わった。


次の瞬間、剣を握る掌の中に、はっきりとした境界線が生まれた。刃の角度。距離。踏み込みの幅。相手が次にどこを割るか。どう来るか。読みではなく、前提として入ってくる。剣術を“考えて使う”段階ではない。剣術が“身体の常識”になっていく。


――剣術 Lv7――

――精霊術 Lv7――


心臓が一つ、強く脈打つ。


剣術7。精霊術7。


数字は同じでも、意味はまるで違う。剣術7は「剣で立つ」資格。精霊術7は「精霊に頼る」ではなく「精霊と同じ場所に立つ」資格。呼べば来るではない。そもそも、精霊がいる場所に自分が立てるようになる。感覚が変わる。


サラが小さく息を呑む音がした。彼女は何かを見ている――ユウトの周囲に、薄い光点が集まり始めていた。火花ではない。水滴でもない。土埃でもない。精霊の気配だ。視界の端で、それが“いる”と分かる。


ユウトは、精霊王の剣を見下ろした。


刃が、三つの異なる“重さ”を持って震えている。


炎の脈動。イフリート。破壊の熱。燃やし尽くす意思。

水の流動。クラーケン。切断と拘束。逃げ場を奪う静かな冷たさ。

そして、大地の沈黙。ベヒモス。支配ではなく固定。破壊ではなく「終わらせる」重さ。


三柱の精霊王は、言葉を持たない。沈黙しているのではない。そもそも言語という器に入らない。だが、確かにそこにいる。剣の内側で、互いの存在を認め合い、矛盾せず、共存している。


刃先が、わずかに下がる。重さが増したのではない。剣が“拒まなくなった”のだ。これまでは、力を引き出すたびに、何かを借りている感覚があった。今は違う。返済前提の借りではない。責任の前提の共有だ。


その瞬間、空間が変わった。


光が差したわけではない。音が鳴ったわけでもない。けれど、空気の密度が一段変わる。温度が一度だけ下がり、呼吸が静かに整う。白い根が張り巡らされた空間――世界樹の内部が、ほんの少しだけ“こちらを見た”と分かった。


声ではない。言葉でもない。


けれど、理解として頭に落ちてくる。


認める、という判定。


拒絶でも祝福でもない。厳密な承認。世界樹が、ただの観測者ではなく、この迷宮の管理者であることを思い出させる、冷たいほど公平な意思。


「……認められた」


サラが、そう言った。彼女の声には驚きが混じっている。ハイエルフとして世界樹の重さを知っているからこそ、その一言に、震えがある。


ユウトは、短く頷いた。


そして、視界に最後の表示が浮かび上がる。


――称号を獲得しました――

亡国の王子

精霊剣士

精霊王の剣(世界樹の承認者)


称号の文字が、胸に沈むように消えていく。亡国の王子。ずっと背負ってきた事実。精霊剣士。いま自分が立っている場所。精霊王の剣――世界樹の承認者。これは、これから逃げられない枷だ。誇りでもあるが、同時に責任であり、条件であり、終わりまで付いてくる札だ。


ユウトは、剣をゆっくり引き抜いた。


刃が空気を切る音が、やけに鮮明に響く。


剣を肩に担ぐと、重い。だが、その重さを受け止められる。支えられる。ここまで来て初めて、剣の重さと自分の軸が釣り合った。


サラが半歩だけ近づき、ユウトの表情を確かめるように覗き込む。彼女の瞳は、戦いの最中よりも険しい。勝った直後だからこそ、次の死が見えている目だ。


「……ここから先は、もっと“世界”が来るわよ」


「ああ」


ユウトは、笑わない。軽口も言わない。


五十九層までの無双は、過去になった。六十層で海に沈みかけた。九十層で大地に拒絶された。世界樹は、もう手加減しない。むしろ、今までが手加減だったのかもしれない。


けれど、もう違う。


剣術7。精霊術7。

イフリート、クラーケン、ベヒモス。

世界樹の承認。


条件が揃った。


まだ王ではない。王子でもない。ただ、王になるために立つ者だ。


ユウトは一度だけ深く息を吸い、吐く。肺が苦しくないことを確認するように。生きていることを確かめるように。


それから、前を向いた。


次の層へ行く。


精霊王の剣は沈黙している。拒絶ではない。命令でもない。

ただ――“任せた”という沈黙だ。


世界樹も、何も言わない。


言う必要がない、と判断したからだ。


ユウトは歩き出す。

足音が、白い根の空間に一つ、二つと響く。


大地は、もう拒まない。


世界はまだ混沌へ向かっている。残り時間は少ない。だが、いま自分は、逃げるためではなく、守るために前へ進める。

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